認知症、グリア細胞が関与?
人の大脳には百億個以上の神経細胞があり、学習や感情など様々な機能を担っている。
これとは別に神経細胞と同等以上の数の「グリア細胞」があり、重要な役割を果たしていることがわかってきた。
グリア細胞がうまく働かないと、認知症など神経細胞に関わる様々な病気を引き起こす説が有力になっている。
脇役と見られてきた細胞を見直す機運が高まっている。
グリア細胞には大きく3つの種類がある。
名古屋大学の和気弘明教授らはグリア細胞の約1割を占める「ミクログリア」に着目し、生きたマウスの脳を特殊な顕微鏡で観察してどんな働きをしているのかを探っている。
神経細胞はその一端を枝のように伸ばして隣り合う細胞と常に回路網を形作ろうとしている。
これが脳の高度な機能を生みだす基盤となっている。
ミクログリアは神経細胞を取り囲んで1時間に1回ほど触れていた。
ミクログリアはこれまで、細菌などに感染した神経細胞をバラバラにするなど免疫を担当すると考えられていた。
細菌に感染する脳炎などが起きるのはまれだ。
常に動いているミクログリアは別の働きをしている可能性があり、神経細胞の回路形成を調節していると推測される。
レバーを引いて水を飲むようマウスに学習させる実験では、ミクログリアのないマウスは水の飲み方をうまく学習できなかった。
ミクログリアの新たな機能の発見の糸口だ。
量子科学技術研究開発機構の樋口真人部長や田桑弘之研究員らも、マウスの脳を観察しミクログリアの働きを調べている。
テーマはアルツハイマー病で脳が萎縮する現象とミクログリアとの関係だ。
樋口部長らは、アルツハイマー病のマウスの神経細胞に異常なたんぱく質がたまり始めて1週間ほどで、ミクログリアが細胞ごとこのたんぱく質を取り込む瞬間を観察できた。
ミクログリアはさらに食べた細胞を血管近くまで運び、免疫細胞のマクロファージに受け渡して血液中に送り出していた。
これはアルツハイマー病患者の血液でたんぱく質の濃度が上がる現象と辻つまが合う。
感度よく検出する技術を開発できれば、現在では難しい、病気の早期発見に道を開く可能性がある。
アルツハイマー病を発症する仕組みの解明にもつながる。
しかしこれが続くと脳は萎縮してしまう。
研究グループは病気の進行度にあわせてミクログリアの働きを調整し、病気の進行を抑えられるよい方法がないか検討している。
グリア細胞そのものは19世紀半ばに見つかった。
形の違いなどから今では、ミクログリアほかアストロサイトやオリゴデンドロサイトなどに分類されている。
各細胞の機能を探る研究は続けられたが、神経細胞のように電気信号を発して情報を伝達する活動は見られず、ずっと脇役的な細胞と信じられていた。
見方が大きく転換したのはここ十数年のことだ。
下村脩博士の発見を基に発展した蛍光たんぱく質を利用し、レーザーを当てて色の違う蛍光を発する神経細胞とグリア細胞を遺伝子操作で作り、観察できるようになった。
表面から1ミリメートルほどの深さまでと場所は限られるが、動く様子を見分けられる。
多彩な役割がわかり始め、研究者は大きな関心を寄せる。
注目のテーマの一つは、異物が外部から入らないようにする脳のバリアー機能との関係だ。
グリア細胞は血管を流れてくる様々な生体物質を検知し、腸内や口の中などで免疫を担当している様々な細胞と情報をやりとりしていると考えられている。
腸内の異変や歯周病などがグリア細胞の働きを異常にし、統合失調症やうつ病などの精神疾患の引き金になっているとの仮説も出ている。
蛍光を発するグリア細胞をもつマウスなどを開発した慶応義塾大学の田中謙二准教授は「バリアー機能におけるグリア細胞の働きを明らかにする研究がこれから活発になっていく」と展望する。
企業も創薬につなげようと動きだした。
日本ケミファはつらい痛みが続く神経障害性疼痛の治療薬を開発中だ。
富士フイルムはアルツハイマー病治療薬の治験を19年度中に欧州で始める予定だ。
エーザイも米国に約100人規模の研究所を設立しミクログリアがつくるたんぱく質などを標的にした治療薬の開発に乗り出した。
グリア細胞が表舞台に出てきた。
参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2019.11.17
<関連サイト>
グリア細胞の正体に迫る
https://aobazuku.wordpress.com/2019/11/20/グリア細胞の正体に迫る/
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/ミクログリア
脳の機能とミクログリア
http://leading.lifesciencedb.jp/6-e007
脳の免疫系を担うミクログリア
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/9601/microglia.html