血液1滴でがん・認知症 を早期に発見

がん・認知症 早期発見せよ   血液1滴で、分析技術高度に 

血液に含まれる微量な物質を分析する技術が急速に進歩している。

わずか1滴の量があれば、がんや認知症などの初期段階で微妙に変化する成分を検出できるようになってきた。

現在ではまだ難しい、早期の治療や進行を遅らせる対策などが近い将来、実現できそうだ。

健康診断につきものの採血の方法なども変わっていく可能性がある。

 

がん研究会(東京・江東)の一室には「質量分析計」という装置がある。

そこでは、血液に含まれているたんぱく質PSAの表面に付いた高分子「糖鎖」の種類を調べている。

わずか100マイクロ(マイクロは100万分の1)リットルの血清だけで判定可能だ。

2019年にこの技術を発表したプロジェクトリーダーは「前立腺がんの診断精度が飛躍的に高まる」と期待する。

 

前立腺がんにかかると、PSAが血液中に増えることが分かっている。

健診で疑わしいと判定され、前立腺に針を刺して組織を採取し詳しく調べ直す。

この検査は入院するうえ痛みを伴う。

負担がかかる割に実際にがんが見つかる比率は約2割で、残りの8割は前立腺肥大症などの別の病気や加齢の影響といわれる。

精度の向上が急務だった。

 

この研究チームは、がんになったら種類が変わる糖鎖に目を付けた。

これまで分析が難しい成分とみられてきたが、たんぱく質用に開発された質量分析計の活用で打開できた。

ノーベル賞を02年に受賞した島津製作所田中耕一シニアフェローらが開発した技術だ。

 

前立腺がんと前立腺肥大症の各30人の血液で性能を確かめた。

いずれもPSAの値は高く、従来の検査では全員ががんの可能性があると判定された。

新技術はがんかどうかを98%の精度で判別できた。

 

ある大手の臨床検査センターが19年4月、一部の病院で試験的な診断を始めた。

結果は1~2日でわかる。

前立腺がんの患者は16年に約9万人と男性では胃がんに次いで多い。

検査の痛みをできるだけ減らし、医療費の抑制にも貢献できる。

この診断法は21年の実用化をめざしている。

 

東京医科大学国立がん研究センター東芝の共同研究グループも血液1滴でがんを診断する技術を19年に開発した。

分析対象はがん細胞から血液中に漏れ出す「マイクロRNA(リボ核酸)」だ。

血液中には常に2500種類ものマイクロRNAが漂っているといわれる。

種類に応じて、健康な状態や様々な病気にかかったときに増えたり減ったりしている。

種類と量を詳細に調べて関係をつかめば、病気を診断できる。

東芝が微量のマイクロRNAを増幅する方法と種類を解析する素子を開発し、簡単に精度高く診断する技術にめどをつけた。

研究主幹は「乳がんや大腸がんなど13種類について、患者と健康な人を99%の精度で、2時間以内の短時間で見分けられた」と解説する。

 

東京医科大などと協力し多数の血液サンプルを調べる臨床研究を20年から始める。

この検査でがんの疑いが出た人は、画像検査などさらに詳しい検査を受けて早期発見につなげる。

数年後の実用化を見込んでいる。

 

がんと並んで認知症も、わずかな血液で早期発見できればと望まれている病気だ。

まだ治療法はないが、投薬などで進行を遅らせられる。

島津製作所国立長寿医療研究センターなどが18年に発表した技術は、脳内に蓄積してアルツハイマー病の原因となるアミロイドベータと呼ぶたんぱく質の断片(ペプチド)を質量分析で調べる。

3種類のペプチドが対象で、比率から蓄積の度合いを90%の正確さで判定できた。

時間も3時間強と短かった。

 

脳の断層撮影画像や脳脊髄液の分析による既存の方法は負担が大きく費用もかかる。

多くの患者で精度を確認できれば早期発見法として使えそうで、長寿研では「3年以内に承認を得られるようにしたい」と話す。

 

少量の血液による正確な診断技術は関心を呼ぶ。

米国では1滴の血液で200種類以上の検査ができると巨額の資金を集めたスタートアップ、セラノス(カリフォルニア州)が一時もてはやされた。

ところが基盤となる技術はなく投資家をだましたとして18年に解散が決まった。

しっかりした技術を開発してきた国内の研究グループは内容や性能を公開して社会で広く受け入れられるよう願っている。

血液だけで正確に病状を診断できれば、高額な装置を使い放射線を照射する検査も減らせるだろう。

 

血液検査 体への負担小さい利点

採取した血液の成分を調べ、健康状態や病気の兆候を調べる検査法。

健康診断における血液検査は一般的に、コレステロール中性脂肪、血糖のように脳血管疾患や心疾患、粳尿病などの生活習慣病に関する項目が多い。

 

組織を採取して細胞を調べる生検に比べて体への負担が小さい。

専用の装置を使う画像診断よりも検査費用が安く、放射線を照射しないなどの利点がある。

 

血液検査では、前立腺や肝臓など特定の種類のがんの兆候を示す「腫瘍マーカー」という生体分子の量なども調べられる。

病気の進行に伴って量が増えるため早期の発見につながるといわれるが、精度が低く役立っていないとの指摘もある。

 

参考引用一部改変

日経新聞・朝刊 2020.1.12