人体、1細胞ずつ解析

人体、1細胞ずつ解析 機能調べる国際計画、「成り立ち」の謎迫る

生命現象の解明が飛躍的に進んできたが、私たちはヒトの体をすべて理解しているのだろうか。

いま、ヒトの基本的な単位である「細胞」を一つずつ解析する国際プロジェクトが進む。

新技術「1細胞遺伝子解析」が常識を変えつつある。

 

理化学研究所などの研究チームが2014年、失明のおそれもある病気「加齢黄斑変性症」の患者自身の細胞からiPS細胞をつくり、網膜色素上皮細胞に変えて移植した。

iPS細胞からつくった組織が移植された、世界初の例だ。

 

移植までに、様々な実験で細胞の安全性が確認された。

iPS細胞は無限に増える特徴がある。

もし、移植する細胞のなかにiPS細胞が残っていたり、網膜になりきれなかった神経幹細胞が混じったりすると、腫瘍ができるおそれもある。

安全性を確認するために使われた技術の一つが1細胞ずつ遺伝子のはたらきを調べる1細胞解析だ。

 

従来の技術だと、組織の細胞集団を丸ごと解析して、どんな遺伝子がはたらいているか調べるため、もし不都合な細胞がごく少数含まれていても、とらえきれず見逃す可能性があった。

研究チームは移植前に、iPS細胞からつくった色素上皮細胞を192個とって、1細胞ずつ遺伝子のはたらきを解析。

その結果、すべての細胞で色素上皮細胞に特徴的な遺伝子がはたらいていることを確認した。

 

当時、京都大iPS細胞研究所で1細胞解析を担当した同大大学院医学研究科の渡辺亮特定准教授は「1細胞解析を世界で初めて人の臨床に応用した例になったのではないか」と話す。

 

ヒトは一つの受精卵から始まり、最終的には37兆個の細胞に分裂する。

約2万種類ある遺伝子のはたらきにより心臓や筋肉、神経といった様々な組織ができる。

形で分けるとヒトの細胞の種類は200種類以上だが、1細胞解析によって機能で分けると数千種類あるのではないかという。

     

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2003年、国際プロジェクト「ヒトゲノム計画」が終わった。

ヒトの遺伝情報を解読し、どんな遺伝子があるのか、世界中の研究者らが13年かけて調べた。

 

欧米の研究者らは、さらにヒトの体を理解するため、16年秋に国際プロジェクト「ヒューマンセルアトラス」を立ち上げた。

直訳すると「ヒトの細胞地図」。

細胞レベルでどんな遺伝子がはたらいているのか1細胞解析で調べ尽くすプロジェクトだ。

70の国や地域から、1800人以上の研究者が参加し、免疫系や神経、骨格、呼吸器などに分かれて解析に取り組む。

 

日本から参加している理化学研究所の二階堂愛チームリーダーは「どういった細胞が正常なのか、実はわかっていない。このプロジェクトで『正常な細胞』というものが、統計的に明らかになるのでは」と話す。

 

1細胞解析の技術の応用開発は米国が中心だが、基礎的な技術はスウェーデンイスラエル日本の3拠点が世界を引っ張っている。

1細胞あたりの遺伝子のはたらきの指標となるRNAの量は1兆分の1グラムにも満たない。

微量の物質からどれだけ多くの遺伝子を検出するかが重要となる。

 

二階堂さんらの技術は、同じコストで他のチームの2倍近い1細胞あたり6500個の遺伝子の検出が可能だ。

多くの遺伝子を検出できれば、他のチームが見落としている細胞の知られざる機能も明らかにできる。

     

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1細胞解析は、ヒトの体の成り立ちを知るヒントをもたらすと期待されている。

 

iPS細胞などから体外で人工的につくったミニ臓器「オルガノイド」の研究が進んでいる。

病気で失われた臓器を丸ごと置き換えたり、創薬に使ったりすることが期待される。

 

東京医科歯科大の武部貴則教授は17年、ヒトiPS細胞から大きさ5ミリほどのミニ肝臓をつくり、約2千細胞を取り出して1細胞解析した結果を、英科学誌ネイチャーで報告した。

ミニ肝臓は、3種類の細胞を混ぜて立体的な形にする。

1細胞解析の結果、平面で培養するよりも3次元で培養するほうが、細胞同士がコミュニケーションをとって、生体内に近い状態で成熟していくことがわかった。

 

臓器のもとになるわずかな細胞集団から、どうやって臓器ができるのかは謎に包まれている。

「生体に近い臓器」をつくるために欠かせない研究手法になる。

人間の生命現象を理解するために非常に重要な手法だ。

 

がんの研究にも利用できる。

がん組織はすべて均一な細胞集団ではない。

抗がん剤が効きにくい細胞がごく少数まぎれていることがあり、重要な細胞の特徴がわかれば、病気の克服につながる可能性もある。

 

英国の研究チームは今月21日付の米科学誌サイエンスで、重要な免疫細胞の一種「T細胞」をつくるヒトの胸腺の1細胞解析の結果を報告した。

胎児から大人の各段階の胸腺を解析した結果、胸腺の細胞の状態が50以上あることが明らかになった。

こうした複雑な人体の仕組みが少しずつ明らかになると期待されている。

 

参考・引用一部改変

朝日新聞・朝刊 2020.2.24

 

<関連サイト>

1細胞解析

https://aobazuku.wordpress.com/2020/02/25/1細胞解析/