動き出したがんゲノム医療

動き出したがんゲノム医療 個人データはだれのもの?

今年から、がん患者のがん組織の遺伝子を調べて診断や治療法の選択に生かす「がんゲノム医療」が動き出した。

保険診療の対象になる患者はかなり限られるとみられるが、10年後、20年後を見通せば、日本人のがんの「ビッグデータ」と呼ばれる情報のかたまりが生まれる。

気になるのは、がんゲノムはだれのものか、ということだ。

 

「がん遺伝子パネル検査」は治療法を選ぶのに不可欠な100以上の遺伝子を一度に調べる。

6月、「NCCオンコパネル」と「ファウンデーションワンCDx」の二つの検査が国の保険で受けられるようになり、がんゲノム医療に弾みがつくとみられている。

 

標準治療が効かなくなった患者などが対象で、検査で治療の標的となる遺伝子異常が見つかり、臨床試験中の薬などがあれば、新たな道が開ける。

 

前者は国立がん研究センターが日本の医療機器メーカーと開発し、後者はスイスの製薬大手の米子会社が開発。

ともに医療費は56万円(自己負担は1~3割)。

前者が国内完結型なのに対し、後者は遺伝子解析は米国で行う。

 

「ゲノム情報が、国に蓄積され、ゲノム情報が、国に蓄積され、国民のために利活用されることが大変重要。元データが、がんゲノム情報管理センター(C-CAT)に提出されるよう強く要望する」

 

4月下旬に厚生労働省で聞かれた中央社会保険医療協議会の総会では、日本医師会の委員のこうした発言を引き取る形で、保険適用の条件として、海外で解析されたデータも国立がん研究センターにある「C-CAT」に集約

する方向が了承された。なぜか。

 

解析能力が向上  診察・治療に応用

パネル検査は、次世代シーケンサーと呼ばれる遺伝子を超高速で読み取る装置の登場で可能になった。

2003年に完了したヒトゲノム(人間の全遺伝情報)の解読には13年の歳月と約3千億円の費用を要したが、その後に生まれたこの装置の解析能力の向上とコスト低下はめざましく、がんの診断や治療への応用が広がった。

 

ファウンデーションワンは、前身が12年に米国で認証を取得し、20万件以

上の検体を解析した実績がある。

日本のオンコパネルは、13年に姶めた臨床研究を含め千件に届かない。

  

現時点では、日本は水をあけられ、一般論で言えば、同じような解析をするなら、米国で実施したほうが安く、早くできるだが、長い目で見れば、日本人のデータが外国企業に握られてしまうことになる。

 

遺伝子の塩基配列は生命の設計図に例えられるが、それぞれの働きは解明

されていない部分が多い。

見つかる遺伝子異常も、解析後に配列の変異を特定する技術で異なってくる。元データが国内に蓄積されなければ、日本人に最適な新薬の開発などを見据えたときに不利になってしまうのだ。

 

ただし、先行する米国の存在意義は大きい。

横浜市立大学病院は16年から米国のがん専門病院が開発した検査「MSKインパクト」を自由診療で実施している。

患者は、標準治療はあっても検査を希望する人のほか、標的となる遺伝子異常が見つかったとしても治験に参加できるだけの体力がないなど、検査を保険で受けられない人だ。

 

約150人の検査に関わってきたがんゲノム診断科のK医師は、米国の病院が開示するデータをもとに判断をすることも多く、「データ活用重視の姿勢に助けられている」という。

 

そもそも解析で得られたゲノムデー夕は、改正個人情報保護法で氏名や生

年月日などと同じ個人情報に位置づけられる。

医学的解釈が加えられると、さらに慎重な取り扱いが求められる。

 

高度な個人情報 適切な管理必要

意図しない利用を食い止めるため、検査を行う中核拠点病院などでは、検

査前に通常の同意手続きに加え、C-CATへのゲノムデータや情報の提供、C-CATや検査施設によるデータの活用について患者の同意を得ることが国の指針で義務づけられている。

  

中国のように産業化や安全保障上の必要性を理由に国家戦略としてゲノムを囲い込む国もあるが、ゲノムデータは個人情報であると同時に人類の財産である。

要は、保護と利活用のバランス。

ほかの医療データにない特殊性に配慮して漏洩や意図しない利用が起きない

よう適切に管理しながらも、利活用を促していくべきだ」と問題提起する。

 

ようやく緒に就いた医療だが、今から考えておくべきことは少なくない。

 

参考・引用一部改変

朝日新聞・朝刊 2019.11.30