善玉ウイルスで病原菌をたたく 日米欧、実用化急ぐ 抗生物質効かない細菌に効果
「善玉」とされるウイルスで人類の脅威となる病原菌をたたく・・・。
細菌に感染するウイルスを使った新しい治療が注目されている。
抗生物質が効かない薬剤耐性菌に効果が期待され、日米欧の製薬企業などが実用化を進める。
新型コロナウイルスの感染症が広がるなか、人間に感染しない安全なウイルスで病原菌を制する治療として花開く可能性がある。
治療に使うのは「バクテリオファージ」というウイルスでファージとも呼ばれる。
細菌に感染すると自身のDNAを注入して複製し細菌を内部から壊す。
ただ人間や動物の細胞には感染しない。
これを使った治療は「ファージ療法」といわれる。
ファージは1910年代に発見され、第1次世界大戦後には腸チフスや赤痢などの治療に使われた。
旧ソ連とフィンランドの間で起きた戦争で、負傷兵の治療にも使われた。ところが40年代に抗生物質が普及するとファージ療法は廃れた。
2010年代に入り、抗生物質の乱用で問題になった薬剤耐性菌の対抗手段として復活しつつある。
薬剤耐性菌は、医療や畜産の現場で抗生物質の乱用によって薬が効かなくなった細菌。
国連は19年に「地球規模で直面する最大の脅威」とする報告書を公表した。
放置すれば「50年までに年1千万人が亡くなる恐れがある」と警告した。新型コロナウイルスと並び、感染症の新たな脅威として早急な対策が求められている。
治療効果を確かめる本格的な研究が始まった。
米カリフォルニア大学サンディエゴ校は18年に「革新的ファージ応用治療センター」を設立。
19年に薬が効かない黄色ブドウ球菌に感染して補助人工心臓を付けた約10人の患者を対象に臨床試験(治験)を始めた。
新興も開発参加
欧米やイスラエルでは少なくとも5社のスタートアップ企業が立ち上がっている。
そのうち米アダプティブ・ファージ・セラピューティクス(メリーランド州)は3月、尿路感染症の約160人を治療する第1~2相の治験を始めると発表。
旧ソ連のジョージアでも、エリアバ研究所などがファージ製剤の生産や治療を担う。
アステラス製薬は3月、ファージで細菌の感染症を治療する共同研究講座を岐阜大学に設けた。
同社から出向した岐阜大の安藤弘樹特任准教授が人工的にファージを作る技術を開発した。
ファージのDNAの断片を酵母に入れてゲノム(全遺伝情報)を構築する世界初のプラットフォームで、ゲノムを酵母から抽出して細菌へ導入すれば人工的に様々な種類のファージが作れる。
ファージを使う利点について、安藤特任准教授は「従来の抗生物質に比べて高い安全性を期待できる。多剤耐性菌や超多剤耐性菌にも有効な治療手段となりうる」と話す。
その上で「自然界にすむファージを改良して様々な医薬品を作れる。医薬品向けに未利用の資源を利用できる」と指摘する。
国内でも臨床試験が近く始まりそうだ。
自治医大の崔龍洙教授らは、薬剤耐性の遺伝子を持つ黄色ブドウ球菌と大腸菌をファージでたたく。細菌のRNA(リボ核酸)を分解する酵素などを作るDNAを入れたところ、感染して死ぬ昆虫の幼虫が半減。3~5年後に臨床試験を目指す。
酪農学園大学の岩野英知教授は薬剤耐性菌が問題になる黄色ブドウ球菌と緑膿菌を攻撃するファージを開発した。
マウスの乳腺や角膜に投与すると組織の変性や角膜炎の発症を防いだ。
「乳牛の乳腺炎や競走馬の角膜炎の治療に役立つ」(岩野教授)。
まずイヌの皮膚病向けに数年後に実用化する。
創薬費用を抑制
ファージはヒトや動物の細胞には感染せず、安全性が高い。
特定の細菌だけに感染するため、抗生物質のように有用な腸内細菌を殺さずに済む。
比較的簡単に開発でき、従来の低分子薬で2千億円以上かかる創薬費用も抑えられる。
細菌の総数の10倍以上のファージがいるとされ、創薬につながる品種が見つかる可能性は高い。
課題は効果と安全性だ。
ファージは血流に乗せて体の奥へ届けるのが難しい。
患部へ効率的に運ぶ技術開発も必要だ。
また、ファージに対する耐性菌も間違いなく生まれる。
表面のたんぱく質に吸着できないよう細菌が遺伝子を変異させるためだ。
これを防ぐには複数のファージを混ぜたり、多くの種類の細菌に感染するファージを開発したりする必要がある。
耐性の仕組みが異なる抗生物質との使い分けも重要だ。
参考・引用一部改変
朝日新聞・朝刊 2020.8.24
<関連サイト>
善玉ウイルスで病原菌をたたく
https://wordpress.com/post/aobazuku.wordpress.com/1329