進化続く直腸がん治療

進化続く直腸がん治療

咽頭がん放射線治療で克服した、ある有名な音楽家が、直腸がんの手術を受けたことを公表した。

禁煙したというが、過去の喫煙が影響した可能性がある。

国内での大規模な調査研究でも、男性の場合、禁煙年数が21年にならないと、発がんリスクは非喫煙者レベルまで下がらないことが分かっている。

 

直腸と結腸(盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸)からなる大腸のがんは、日本人に最も多いがんだ。

1年間に大腸がんで亡くなる人の数は、日本が米国を上回っており、早期発見の遅れが問題となっている。

日本人の大腸がんの約7割がS状結腸と直腸に発生しているが、直腸がんを治療する上で重要なのは、肛門との距離だ。

 

結腸がんの手術では、がんから上下10センチほどのところで腸を切り離し、つなぎ合わせる。

しかし、直腸がんが肛門の近くにできた場合、上側を切り離せても、すぐ下が肛門のため、下側の「のりしろ」が足らない。

このため、肛門を含めてがんを切り取る必要が出てくる。

この際には、人工肛門を付けることになる。

また、性機能や排尿に関係する神経が切れてしまうこともあり、後遺症も少なくない。

 

直腸は直腸S状部、上部直腸、下部直腸に分かれる。

がん研有明病院で05~11年に直腸がんの手術を受けた約1000人の患者の永久的な人工肛門の造設頻度は順に0%、5%、23%だった。

自分の意思で排便できなくなると、生活の質にも大きな影響を与えるから、肛門を温存する治療法も開発されている。

 

自動吻合など、手術技術の進歩によって、肛門のすぐ近くにできたがんでも、早期であれば肛門括約筋の一部を残すことで排便機能を保つことが可能となってきた。

 

東大病院では、肛門に近い進行直腸がんに対して、手術に先だって「術前照射」を行っている。

手術が困難なほど進行した直腸がんが切除可能となることがある他、がん病巣が縮小することで、肛門側ののりしろが増え、人工肛門が回避できるチャンスが広がる。

がん治療は日々、進化し続けている。

 

執筆

東京大学病院 ・中川恵一准教授

参考・引用一部改変

日経新聞・夕刊 2021.2.17