コロナ下、潜む進行がん

コロナ下、潜む進行がん 発見遅れで死亡数増も懸念

今後数年間に、進行したがんの患者やがんによる死亡者が増加するとの懸念ががん治療の専門家の間で広まっている。新型コロナウイルス感染症の流行が続く中、病院を受診する新規患者数が減少したり、がん検診の受診数の減少などが続いているからだ。海外では発見などの遅れががん死亡数の増加につながるとする研究も出てきた。

 

国内有数のがん治療施設のがん研究会有明病院(東京・江東)の関満朗医事部長は「こんなに新患数が落ち込んだのは初めてだ」と話す。

 

国内のがん患者数は、急速な高齢化を受け毎年増加している。同病院でも新患数はほぼ右肩上がりだったが、2020年4月から21年1月の新患数は約8000人と前年同期比の8割にとどまった。コロナの影響で受診機会を逃した人が多かった可能性が高いという。手術数全体も同期間で約8割に低下した。

 

同病院で低下が目立つのが乳がんなどを扱う乳腺外科だ。20年4月~21年1月の新患数は19年度の同時期の67%と低い。大野真司副院長は「乳房のしこりに気づいてもコロナを理由に受診をためらった人もいたのではないか」と推測する。

 

医療コンサルティングのグローバルヘルスコンサルティング・ジャパンが全国344病院の診療実績を分析したデータによると、20年4~10月に胃がん前立腺がんの治療の入院症例は前年同時期より17%少なかった。同社によると、20年4~6月の減少は、コロナ流行初期で病院が手術や検査を延期した影響もある。その後は診療所などへの受診が減り、がん疑いの精密検査などのための病院への紹介が減少したと考えられるという。

 

ただし、地域差はある。例えば静岡県立静岡がんセンターでは、20年4~9月の新患数は前年比で減ったが、年間手術数はほぼ同じだった。コロナの感染者数が比較的少ない地域などでは、大きな減少はないもようだ。

 

一般にがんは数センチになるまでは症状は出にくく気づかないことが多い。がん検診などで1~2センチ程度の早期がんを発見し、治療することで、治りやすくなり、死亡率も低下する。だが、コロナ下では、がん検診の受診率も低下、まだ十分には回復していない。

 

 

日本対がん協会自治体を通じて実施する住民検診は、コロナ前で年間でのべ1千万人以上が受診していた。同協会が20年の夏にアンケート調査をしたところ、約30支部の6月の受診者数は前年の35%、7月は同62%にとどまった。検診を休止した支部もあったが、多くは再開した。通年の受診数はまだ出ていないが、同協会は「年度全体では3割以上の受診者数減少を見込む支部が多い」としている。

 

高度ながん検診を進める国立がん研究センター中央病院検診センター(東京・中央)では、昨年6月に再開した検診を今年1月からの緊急事態宣言で再び休止中だ。

 

20年度の国内のがん検診数が減少する影響について、松田尚久検診センター長は早期がんの段階で発見できず、進行した状態で見つかるケースが増える可能性を指摘。「今後、治療後の5年生存率が下がることが懸念される」と話す。その上で、「(一般に)がんの発見までに時間がかかってがんのステージが進行したり、転移すると治りにくくなる。一つでも前のステージで見つけるのが大切だ」と呼びかける。

 

海外では具体的な影響を試算する研究もある。英国のイングランド地方の研究では、20年4月に大腸がんなどの疑いで病院に紹介される人が63%減少し、大腸の内視鏡検査は92%減った。紹介人数は同年10月までに前年並みになったが、研究チームは4~10月で3500人以上が診断や治療の機会を逃したとする。

 

がんは診断が遅れると死亡率の上昇につながる。カナダなどの研究チームは複数の研究から、肺や大腸など主な7種類のがんについて治療の遅れが死亡率に与える影響を試算。手術が4週間遅れると死亡する確率は6~8%増加するという。

 

例えば乳がんの場合、8週間の遅れは17%、12週間の遅れは26%の増加につながると試算した。ロックダウンなどで1年間、全ての乳がん患者の手術が12週間遅れるとすると、英国では1400人、米国では6100人、カナダでは700人、オーストラリアでは500人多く亡くなる計算になった。

 

国内最多の死因はがん

世界保健機関(WHO)によると、2018年には推定で960万人ががんで死亡した。死因別にみると2番目に多い。

 経済協力開発機構OECD)によると、多くの国では心臓病など循環器系の疾患とがんが2大死因となっている。加盟国全体では4人に1人はがんで亡くなる。

 国内では死因の最多ががん。19年に約38万人ががんで死亡した。20年に新型コロナで死亡したのは約3500人だった。

 

参考・引用一部改変

日経新聞・朝刊 2021.3.1