がん治療技術がワクチンにも

がん治療技術がワクチンにも

新型コロナウイルス感染症ファイザー社のワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)医薬品の第一号だ。

mRNAは核のなかのDNAから遺伝情報の一部を転写して作られるもので、これをもとにアミノ酸が連結されてたんぱく質が合成される。

mRNA医薬品は、人工的に作成したmRNAを投与し、特定のタンパク質を体内で作らせる医薬品だ。

新型コロナウイルスが持つ突起状のスパイクたんぱく質だけを作らせるmRNAを注射することで、ウイルスに対する抗体が作られ、免疫が整うことになる。

 

このワクチンの名前は「コミナティ」。

開発には、独バイオ企業ビオンテックが中心的役割を果たした。

ワクチンの開発コードが「BNT」で始まることでも分かる。

 

ドイツの古都マインツに本拠を置くビオンテック社は、トルコ生まれの移民で医師のウグル・サヒン氏が、やはりトルコ系の医師である妻と2008年に設立した。

 

もともと、夫妻の関心はがん治療にあった。

実際、2001年に設立した最初の会社(ガニメド社)では、胃がんなどに発現しやすいタンパク質をターゲットにした「抗体治療薬」の開発を行ってきた。

なお、ガニメド社は日本のアステラス製薬に約500億円で買収され、抗体薬「ゾルベツキシマブ」の臨床試験が世界規模で進んでいる。

 

ビオンテック社でもmRNAを使ったがん治療の開発が進んでおり、これが短期間でのワクチン開発につながった。

がん治療への情熱と技術開発の蓄積が、コロナ収束に向けた切り札につながったといえる。

執筆

東京大学病院・中川恵一准教授

 

参考・引用一部改変

日経新聞・夕刊 2021.3.31

 

<関連サイト>

コロナ危機を終わらせるワクチンの開発者は自動車工場で働くトルコ移民労働者の息子夫婦だった

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20201110-00207246/

(YAHOOニュース)

わずか10カ月足らずでパンデミックの出口が見えた

・世界中で約5123万人が感染、約127万人の犠牲者を出した新型コロナウイルスパンデミックの出口が見えてきた。

 

・第3相試験でCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)予防に90%以上有効だった米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬ベンチャー、ビオンテックのワクチン(BNT162b2)。

・研究に着手してわずか10カ月足らず。

研究に2~5年、非臨床試験2年、第1相試験1~2年、第2相試験2~3年、第3相試験2~4年、承認審査に1~2年で計10年はかかると言われていたコロナワクチンの”ワープスピード”開発を成功させたのはトルコ系ドイツ人夫婦と旧東ドイツ出身の研究者だった。

 

・ビオンテックの共同創設者兼CEO(最高経営責任者)ウール・サヒン独マインツ大学医療センター教授(55)は「グローバルな第3相試験の最初の中間分析はワクチンがCOVID-19を効果的に防ぐ可能性がある証拠を提供します。これはイノベーション、科学、グローバルな共同作業の勝利です」と胸を張った。

 

・「10カ月前に旅立った時、私たちが達成したいと思っていたものができました。私たちは今、第2波の真っ只中にあり、多くはロックダウン(都市封鎖)を強いられています。それだけにパンデミックを終わらせ、私たち全員が正常に戻るために、この一里塚はどれほど重要か」

 

FDAが求める有効性50%をはるかに上回る90%

・サヒン教授はCOVID-19症例が計164件に達するまでデータ収集を続けると説明。

米食品医薬品局(FDA)への緊急使用許可は今月(2020年11月)第3週に申請される予定。

90%以上の有効性はFDAがコロナワクチンに求める50%の有効性をはるかに上回っている。

 

・第3相臨床試験は7月27日に開始され、4万3538人が登録。

うち3万8955人が11月8日の時点で2回目の投与を受けている。

評価可能な症例数は94人。

1回目の接種から3週間後に2回目を接種し、その1週間後に効果が確認されたが、詳細なデータの公開はこれからだ。

 

・しかしワクチンを摂氏マイナス80度で保管および輸送する必要があるため、広範囲に配布できるかどうかが大きな課題となる。

 

父親は自動車工場で働く「ガストアルバイター

・英紙デーリー・テレグラフなどによると、サヒン教授はシリア国境に近いトルコの地中海都市イスケンデルンで生まれた。

父親はケルンにあるフォード自動車の工場で「ガストアルバイター(移民労働者)」として働き、4歳だったサヒン教授は母親と他の家族とともに西ドイツに移住した。

 

・当時「ガストアルバイター」に対する風当たりが強まり、サヒン教授の家族に市民権が与えられる可能性はほとんどなかった。

自動車工場で働く「ガストアルバイター」の息子が医学の道を目指すのは並大抵のことではない。

それでもサヒン教授はケルン大学とザールラント大学で医学を学んだ。

 

専門はがん治療。

ホンブルクのザールラント大学で腫瘍学者として働いている時に妻のオーザム・トリジャ博士(53)=がん免疫療法協会=と知り合い、結婚。

トリジャ博士はイスタンブールから移住してきたトルコ人医師の娘で、ドイツ生まれ。

結婚式当日も2人とも研究室に行くのを欠かさなかった。

 

・2人はがんの免疫治療に取り組み、派生型遺伝暗号を使うのに熱中した。

それがコロナワクチンの開発に生かされることになった。

2008年に設立、米ナスダックに上場するビオンテックの株価は昨年10月の13.82ドルから7.6倍の104.8ドルに跳ね上がり、時価総額は250億6800万ドル(約2兆6300億円)に達した。

 

・2人は現在ドイツで最も裕福な100人の中に名を連ねている。

それでも学究肌で研究熱心なサヒン教授は普段はジーンズを着用、名前を書いた自転車用ヘルメットとバックパックを抱えてビジネス会議に参加しているという。

 

ファイザーの責任者は東ドイツ出身

ファイザーのワクチン研究開発責任者であるカトリン・ヤンゼン氏はドイツ生まれだが、鉄のカーテンの向こう側にいた。

ヤンゼン氏の家族は1961年、ベルリンの壁が建設される少し前に東ドイツから西ドイツに逃れてきた。

ヤンゼン氏はおばに薬を飲まされ、眠らされていたという。

 

・子供の頃、喉の感染症や咳に苦しんだヤンゼン氏は薬を飲めば気分が良くなることに驚き、薬に興味を持つようになった。

マールブルクのフィリップス大学で博士号を取得した後、アメリカに移り、コーネル大学マサチューセッツ総合病院で働いた後、ジュネーブのグラク分子生物学研究所に異動。

 

・独製薬大手メルクでヒトパピローマウイルス・ワクチンの開発を手伝い、その後、旧ワイスで肺炎球菌ワクチン開発に携わった。

ワイスは2009年、ファイザーに買収された。

現在ヤンゼン氏はマンハッタンのアパートからテレビ電話会議サービスZoom経由でワクチンを開発する650人のチームを率いているという。

 

・BNT162b2はメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンとして知られ、ウイルスの遺伝暗号を使用して免疫系を刺激する。

 

新型コロナウイルスの外側にあるスパイクタンパク質をつくる遺伝暗号を生成。

それらが体内に注入されるとスパイクタンパク質のコピーがつくられ、実際のウイルスと同じように免疫系をトリガーする。

 

・ヒトの免疫システムはスパイクを認識して破壊する方法を学習し、新型コロナウイルスのスパイクに実際に遭遇したときにCOVID-19を引き起こす前にウイルスを殺すことができるようにする仕組みだ。

 

「最大の過ちは決定的な瞬間に決意を緩めることだ」

ファイザーは今年末までに5千万回分、来年末までに約13億回分を供給する考えだ。

イギリスは2千万人に十分な4千万回の予約注文を行っていると報じられた。

 

・医学研究を支援する英団体ウェルカム・トラストのディレクター、ジェレミー・ファラー博士は次のように述べている。

「このワクチンは第1世代のCOVID-19ワクチンに期待していたよりも効果的である可能性がある。1年も経たないうちにこのニュースが届いたことは驚くべき成果であり、並外れた世界的な研究の証だ。効果的なワクチンはこのパンデミックの根本を変え、私たちを正常な感覚に近づける」

パンデミックを制御するのを助けるためにはワクチンを最前線の高リスクグループや医療・介護従事者に優先的に回して、私たちは現在の都市封鎖を尊重し続けなければならない」