がんゲノム医療に保険適用

がんゲノム医療に保険適用、治療選び後押し 課題指摘も

がん細胞の100種以上の遺伝子を調べ、患者ごとに最適な治療法を探る「ゲノム医療」の遺伝子検査システムが29日、公的医療保険の適用対象となることが決まった。
効果的な薬を選ぶ医療の普及につながると期待されるが、究極の個人情報とされる遺伝情報による差別から患者をどう守るかなど課題も多い。
 
この日の中央社会保険医療協議会厚生労働相の諮問機関)の総会で承認された。
検査システムは、シスメックス国立がん研究センターと開発した「NCCオンコパネル」と、中外製薬が扱う「ファウンデーションワンCDx」。
1回の価格(公定価格)はいずれも56万円で、6月1日から公的医療保険の適用対象となる。
 
患者の自己負担は1~3割。
年齢や所得に応じて上限額を設定する「高額療養費制度」が適用され、70歳未満で年収370万~770万円の場合、自己負担は8万3千円程度ですむ。
 
がん細胞の遺伝子を一度に調べ、どの遺伝子に変異があるかを解析できる。
がんと新たに診断される人は年約100万人いるが、対象者は再発や進行で標準的な治療が受けられない患者や、小児や希少がんなど一部からスタート。
両社の予測から年に計2万6千人とされる。
また、治療につながるのはこれまでの研究から1~2割程度とされる。
効果が期待される薬が承認されていなかったり開発中だったりするためだ。
 
研究段階の同種の検査を受けた患者には、治療がうまくいった人もいる。
今回の保険適用で検査は受けやすくなる。
 
東京都内に住む50代の女性は昨年、都内の病院で検査を受けた。
卵巣がんの手術を10年ほど前に受けたが、再発を繰り返した。
今後どんな治療を受ければいいのか不安を感じていた。
  
「BRCA1」という子に変異かもしれない配列の違いが見つかり、これを標的にする分子標的薬が効く可能性があるとわかった。
その薬を使うと効果がみられ、腫瘍マーカーの値が低い状態が続いているという。
女性は「検査結果が薬を使う後押しになった」。
保険適用が決まったことを受け「今後、治療につながる人が増えるよう、薬の開発を進めてほしい」と語る。
 
国立がん研究センター先端医療開発センターの土原一哉・分野長は、「標準的な治療が確立していない患者にとって、効果のありそうな道が見つけられるチャンスになる」と話す。
 
国は先も見据える。
遺伝子情報をデータベース化し、新薬の開発をはかる。
患者の同意を得たうえで遺伝子情報を国の施設に提供することを保険適用の条件にした。
同じ遺伝子変異の患者にどの薬がどのぐらい効果があり、どんな副作用があったか情報収集し、大学や企業の研究を促進する。
 
*結果による差別「禁止を」 
「ゲノム医療」で遺伝子を網羅的に調べると、遣伝性のがんも分かる。
こうした情報をめぐり民間の医寮保険への加入や就労時のトラブルが懸念されるとして、差別を禁じるルール作りを求める動きがある。
 
全国がん患者団体連合会(全がん連)」は昨年12月、厚労省などに要望書を提出。
遺伝的なリスクを持つ患者に不利益をもたらさないような体制の早急な整備を求めた。
超党派で作る議員連盟は今年3月、遺伝差別の防止規定を盛り込んだ法案の骨子案を示した。
 
全がん連によると、遺伝性のがんだとわかったことを診断書に医師が記入し、加入していた保険会社に保険金を請求したところ、理由なく検査結果を提出するよう求められた事例があった。
医師が保険会社に問い合わせると、要求は取り下げられたという。

17年に厚労省研究班が実施したインターネットでの調査(回答者数約1万1千人)によると、家族の病歴や、遺伝性疾患の家系であるということから、「差別」を受けたと回答した人が3.2%いた。
生命保険や医療保険に加入する際に拒否されたり高い保険料を設定されたりしたという。
 
ゲノム医療は期待されているが、患者が安心して検査や治療を受けられるよう守る体制の整備は不十分だ。

今回保険適用が決まった「ファウンデーションワンCDXは60カ国以上で使われている。
ゲノム医療が進む米国では、08年に遺伝情報差別禁止法が成立。
遺伝性のがんにつながる遺伝子変異を持っている人などに、雇用や保険分野などでの差別を禁じた。
英国では、英保険業協会が政府と協定を結び、保険者が遺伝子検査結果を利用すること原則禁じている。

欧米の制度に詳しい早稲大学の横野恵准教授(医事法)は「必要な時に検査を安心して受けられるようにするために、国内でも法律や協定などでルールを明確化する必要がある」と指摘する。

*拠点病院増やし 分析力強化へ
国はがん対策の指針「がん対策推進基本計画」の目標にがんゲノム医療の推進を掲げ、体制整備を促す。
 
検査を受けられるのは、国立がん研究センター中央病院(東京都)など11カ所の中核拠点病院と156ヵ所の
連携病院。
中核拠点では、遺伝子解析の結果を元に、がん治療や遺伝子の研究に詳しい医師らが集まり議論する「エキスパートパネル」と呼ばれる会議を開き、患者に合った治療法を分析する。
 
11ヵ所で分析できるのは年4千~5千件。
さらに多くに対応できるよう、厚労省は年内にも、約30ヵ所の病院を新たに拠点病院に指定する。
 
検査で見つかった薬による治療はどこで受けるのか。
検査を受けた中核拠点や連携病院が基本となるが、薬が承認されておらず治験や臨床研究に参加する患者も多く、転院が必要になる場合もある。
 
速やかに治療できるよう、国は保険がきく治療ときかないものを組み合わせた混合診療の規制を緩める仕組み「患者申し出療養」を使いやすくする。
中核拠点病院で一部の薬を使う場合、患者ごとに必要だった研究計画の申請と専門家による審査を省き、約2週間で使えるようにする。
患者への説明をする人材育成も急務だ。

参考・引用一部改変
朝日新聞・朝刊 2019.5.30