最新の血圧目標って? 元気な高齢者は今までより低めに
元気な高齢者は積極的に血圧を下げる――。日本高血圧学会が今年まとめた治療ガイドラインで、こんな方針が示された。高齢者の健康状態は個人差が大きいので、患者にあわせた対応は大切だが、血圧が高いと脳卒中や心筋梗塞(こうそく)を起こす危険性が高まり、これまで考えられていたより「低め」がいいという。
*学会が新指針 10ミリHg引き下げ
兵庫県在住の男性(81)は15年前から高血圧の治療を続けている。
最高血圧(収縮期血圧)を130ミリHg台に保つため、ゴルフや屋内ランニング、筋力トレーニングに励み、野菜にドレッシングでなく酢をかけるなど、減塩に気をつかう。
昔は好きだった油っこいものは減らし、節酒も心がける。
父親が脳梗塞で倒れて半身が不自由になった後、在宅で5年介護し、みとった。
「病気で倒れて家族に迷惑をかけたくない」と強く思い、医師の指示を守る。
高血圧の診断基準は最高血圧が140ミリHg以上、最低血圧が90ミリHg以上だ。
日本人に最も多い生活習慣病と呼ばれ、国内の患者数は推定で約4300万人に上る。
自覚症状がないが脳卒中や心筋梗塞など脳心血管病による死亡の最大の要因で、「サイレントキラー(静かなる殺し屋)」とも呼ばれる。
この男性のように治療すれば、脳心血管病のリスクは下がる。
ただ、血圧が高くなりがちな高齢者の血圧は、どこまで下げればよいのか議論になっていた。
米国立保健研究所(NIH)は、50歳以上を対象にした研究「SPRINT試験」で、降圧目標120ミリHg未満と、140ミリHg未満のグループに分けて経過を追った。
すると約3年後、120ミリHg未満を目指した人の脳心血管病の発症率が25%、死亡率は27%低かった。
75歳以上に限っても同じ傾向だった。
80歳以上が対象の欧州の臨床試験では、降圧利尿薬を使って150ミリHg未満を目指すと、脳心血管病の発症率は34%、死亡率は21%下がった。
さらに、心臓の血液を送り出すポンプの機能が衰え、血液の流れが滞り、息切れやだるさなどが出る心不全になる率が64%も下がった。
日本高血圧学会はこうした海外の研究や、日本での研究を解析し、高齢者の降圧目標を厳しくする科学的な根拠があると判断。
今年、高血圧治療ガイドラインを改訂した。
75歳以上はこれまでの150mmHg未満から140mmHg未満に、74歳以下は140mmHg未満から130mmHg未満に引き下げた。
薬の治療開始の基準は従来通りは140mmHg以上とした。
「外来に1人で歩いて来られる元気な人は、高齢でもきちんと治療したほうがいい」と、ある高血圧の専門医は話す。
ただ、6メートルも歩けないような虚弱な状態だと血圧が高い人のほうが生存率が高いという報告があり、慎重な判断が必要だ。
血圧は時間帯や環境によって変動するが、とくに高齢者では変動が大きくなりがちだ。
診察室では高めに出ることが多いため、家庭で朝と夜測定して、記録した血圧も参考になる。
*食塩は1日6グラム未満
加齢とともに血圧が上がるのはしかたないと考えがちだが、塩分の取りすぎなど好ましくない生活習慣の積み重ねで血圧が上がる。
高血圧を招きやすい食塩の摂取量が少ないブラジルの先住民は、年齢が上がっても血圧は低いままだ。
日本でも戦後、食塩摂取量が少しずつ減っており、血圧の平均値は下がる傾向にある,
それでも、まだ平均1日約10グラムを摂取しており、世界保健機関が推奨する1日5グラム未満には遠く及ばない。
日本高血圧学会は「減塩推進東京宣言」を10月に発表。
食塩摂取量について、1日6グラム未満を目指す。
教育活動をしたり、減塩食品の開発を企業に働きかけたりしていく。
高齢者の高血圧も、食塩を減らせば改善が期待されるが、急に味付けを変えると食べる量が減り、低栄養になるおそれもある。
塩味のおかずを少量にし、酸っぱいもの、苦みや香りあるものなどめりはりをつけて、減塩をしながらおいしく食べる工夫をしたい。
<コメント>
減塩といえば薄味にこだわってしまいそうですが、「従来の味付けでも量を減らせばよい」ということを、つい忘れてしまいがちです。逆に、薄味でも量をたくさんとってしまえば減塩対策にはなりません。
もっとも薄味では美味しくないので、そんなに量は摂れないかもしれません。
従来より、塩分の過上摂取が胃がんの発生リスクを上げることが知られています。
https://bunshun.jp/articles/-/5242
また、逆に高塩分食が、がんの免疫において重要な役割をもつ免疫細胞の機能を変化させ、腫瘍の増殖を抑えたという報告もされています。
学会のガイドラインは生活の改善ポイントとして
▽野菜や果物を増やす
▽お酒は男性で1日1合程度、女性はその半分まで
▽禁煙
▽肥満の人は減量
▽運動
などを挙げる。
運動は、関節障害などのリスクも考え、普通の速さで歩くことを勧める。
心不全や関節などの病気がある場合は、医師と相談してからにする。
認知症予防にも重要
学会ガイドラインは高血圧の治療に、降圧薬を使う場合について、75歳以上は通常の半量から始めて、段階的に下げることを定めている。
急に血圧が下がりすぎると、立ち上がった時や食後にふらつきやたちくらみが起こり、転倒すると危険だ。
高齢者は降圧薬治療を始めてから45日間の骨折リスクが、開始前の1.4倍という報告もある。
加齢とともに複数の診療科にかかり、降圧薬のほかにも、さまざまな薬を多種類のむケースが増える。
薬の種類が増えると、副作用が出る恐れがある。
痛みなど症状を抑える薬は、すぐに効果がわかる。
一方、効果がないのに漫然とのんでいる薬は、医師に相談してやめるべきだ。
<コメント>
ただし、鎮痛剤と違って生活習慣病の予防に用いる薬は効果はすぐには実感出来ないのは当然のことです。
そのあたりは誤解しないようにしましょう。
昨今「こんな薬は飲むのは止めましょう」「医者は飲まない薬」といったような記事が週刊誌などに数多く出ています。
副作用を強調するあまり、本来の主作用の効能を無視するような内容が多いのですが、これらの記事の内容は学会で発表して多くの専門のコンセンサスを得た内容ではないのです。
もちろん、論文にもなっていません。
いわゆる副作用を針小棒大に取り上げたノイジーな(論文ではなく)記事なのです。
ちょっと降圧剤に限定して話をしてみます。
こういった記事を読んで、降圧剤を勝手に中止して脳出血を起こしてしまっても週刊誌や医者はなんら責任はとってくれません。
脳卒中になって半生を棒にふることだってあり得ます。
大切なことは、責任を取ってくれないような記事を鵜呑みにして、その通り実行するのではなく、その道の専門医(高血圧なら少なくても内科医、出来れば循環器専門医)にかかることです。
もちろん、その場合には自らの質問に対して納得のいく説明をしていただける主治医にめぐり合うのが理想です。
(よくSNSで「開業したばかりで清潔感あふれる院内」「感じのよい受付」など、まるでレストラン感覚のコメントを見かけます。こういったことは本質的なものではないことは賢明な皆様にはわかっていただけると思います)
高血圧を治療するメリットは、脳心血管病の予防だけではない。
早期に血圧を適切に管理することが、認知症予防にもつながることがわかってきた。
ある大学が、80歳前後の人を対象に認知機能と生活習慣の関係を調べたところ、血圧との関係はみられなかったが、70歳前後の人では、血圧が高いほうが認知機能が低下しやすかった。
高血圧を防ぐ生活習慣の改善は、骨粗しょう症や加齢によって心身が衰える「フレイル」という状態の予防にもつながる。
健康寿命を延ばすためにも血圧のコントロールはとても重要なのだ。
参考・引用一部改変
朝日新聞・朝刊 2019.11.6