マウス実験、人間に有効?

マウス実験、人間に有効? 遺伝子の働き、日米が異なる見解

2万5千個、ほぼ共通
実験動物のマウスを調べることで、人間の体のことがわかると言えるのか? 
科学者の間でこんな論争が起きている。米国の研究者らが昨年(2013年)、疑問を投げかける論文を発表。
今年(2014年)になって日本の研究者が真っ向から反論する論文を発表した。
マウスは人間のモデルとしてふさわしいか。

「炎症時の反応、違う」 米チーム、論文
マウスは病気の研究や薬の開発で実験動物として広く使われている。哺乳類で、約2万5千個ある遺伝子のほぼすべてが人と共通している。
 
論争の発端となったのは、米スタンフォード大などのチームが昨年(2013年)1月、米科学アカデミー紀要に発表した論文。
 
「人とマウスでは炎症時の遺伝子の反応が違う」という内容だ。
 
チームは、やけどや外傷、敗血症など重い炎症を起こした患者の白血球を使い、健康な人と比べてどんな遺伝子の働きが変化しているかを調べた。
炎症時に働きが強まる遺伝子もあれば、逆に弱まる遺伝子もあるからだ。
 
同じようにマウスでも炎症時にどんな遺伝子が働いているのかを調べた。
人とマウスで共通する遺伝子のうち、炎症時に人で働きが変化した約4900個について、マウスの遺伝子の働きの関連を調べたところ、相関はほとんどない結果が出た、という。
 
薬の開発では、マウスで効果があっても人で効果がない例は珍しくない。
 
米紙ニューヨーク・タイムズは「何十年もマウスは人の病気の研究に使われてきたが、少なくともやけどや外傷では時間とお金のムダだった」と報じた。
 
米国立保健研究所(NIH)のフランシス・コリンズ所長も自らのブログで「動物実験でうまくいったのに臨床試験で失敗する理由がわかった」として、人の組織から作る新しい実験材料の開発に乗り出す計画を明らかにした。

「共通部分あり、適切」 日本チーム、反論
一方、藤田保健衛生大の宮川剛教授と自然科学研究機構生理学研究所の高雄啓三特任准教授は今年(2014年)8月、米チームと同じ遺伝子のデータを使って反論する論文を米科学アカデミー紀要に発表した。
 
2人は炎症時に人で働いている遺伝子のすべてがマウスで働いているわけではない点に着目。
人とマウスで共通して働いている約2千個に限って変化の程度の関係を調べたところ強い相関があるとの結論が得られた。
米チームの解析については「働きの異なる遺伝子を含めて評価したため、相関関係を過小評価したと考えられる」とした。
 
発表後、科学ライターから「共通して働く遺伝子に相関があっても数が少なければ、人間のモデルとしてふさわしくない」と疑問が寄せられ、宮川さんらは「少なくとも数百から2千個の遺伝子は同じように変化しており十分に共通している」と説明。
 
また、米チームのひとりは「データのいいところだけつまみ食いしている]と批判するが、宮川さんは「バイアス抜きで解析しているので批判は当たらない」と反論している。
では、マウスで効果があった薬の候補が人で失敗するのはなぜか。
 
宮川さんは、同じ遺伝子でも人とマウスで働き方が異なる場合があることをあげ、「遺伝子の働き方が共通している部分に注目する限りマウスは人のモデルとして有効だ」と話している。

標的の発見、大切
城石俊彦・国立遺伝学研究所教授(哺乳類遺伝学)の話
人間とマウスで全体として遺伝子の働きに違いがあるいう点で米チームの報告は正しいが、マウスが人間のモデルにならないという結論を導くには無理がある。
重要なのは人間にも適用できる治療の標的となる遺伝子を見つけ出せるかだ。
日本の研究者の論文は、人間とマウスで同じような経路で働く遺伝子を見いだした点で意義がある。


マウスが使われる理由
・哺乳類ながら、体が小さく、飼いやすい。
・成長が早く、たくさんの子どもを産む。
・寿命が2, 3年と短く、世代交代が早い。
・遺伝子の操作が比較的簡単で、さまざまなタイプの遺伝子改変マウスがつくれる。

参考・引用 一部改変
朝日新聞・朝刊 2014.9.11