新型コロナウイルス 遺伝情報 治療薬の手掛かり

ウイルスの正体 少しずつ  遺伝情報 治療薬の手掛かり 

新型コロナウイルスが猛威を振るい続けている。

各国の懸命の努力にもかかわらず感染拡大が止まらず、世界保健機関(WHO)は3月11日に「パンデミック(世界的流行)」を宣言した。

感染当初は症状が現れにくい、致死率が通常のインフルエンザよりも高いといった特徴が、対策を難しくしている要因だ。

世界では感染者の隔離や市民の行動制限などの対応策とともに、治療薬やワクチンを開発する努力が続いている。

 

新型コロナウイルス感染症の原因ウイルスの「SARS-CoV-2」は最新の分子生物学の技術を駆使することでその遺伝情報や既知の病原体の関連性がある程度見えてきた。

こうした情報は治療薬やワクチンの開発の重要な手掛かりとなる。

ただ、人の体内におけるウイルスの詳しい振る舞いについてはまだ不明な点が多く、現在も研究が進んでいる。

新型コロナウイルス感染症は2019年12月31日に中国がWHOに対して「原因不明の肺炎」の発生を報告し、世界中がその存在を知った。

患者の検体に含まれる遺伝物質の配列情報をまるごと解析できる「次世代シーケンス」の手法により、1月上旬には病原体がコロナウイルスの仲間であることが突きとめられた。

ウイルスは遺伝情報を保存する物質の種類によりDNAウイルスやRNA(リボ核酸)ウイルスに分けられる。

コロナウイルスは後者の仲間だ。

コロナウイルスには数十種以上の種類があり、人のほかに犬や猫、豚などに感染するタイプもある。

人に感染するものは新型ウイルスを含めて7種あり、普通の風邪を起こす4種のウイルスと、03年に流行した重症急性呼吸器症候群SARS)、12年の中東呼吸器症候群(MERS)のウイルスが含まれる。

これまでに判明している他のコロナウイルスと今回のウイルスの配列情報を比較することで、新型ウイルスはコウモリに由来することがわかった。

さらに、コウモリから人へ至るまでに希少な哺乳類のセンザンコウなどが中間宿主になった可能性も指摘されている。

また、新型コロナウイルスは特にSARSのウイルスと約8割の配列が似ていた。

ウイルスの構造や性質にも類似点がある。ウイルスは表面にある突起状の「スパイク」と呼ぶ構造が鍵の役目を持っていて、人の細胞表面の鍵穴となるたんぱく質と結合して侵入を果たす。

SARS新型コロナウイルスはこのスパイクの構造が似ており、どちらも人の細胞表面にある「ACE2」(アンジオテンシン変換酵素2)と呼ぶたんぱく質を鍵穴として使うことが米国立衛生研究所(NIH)などの研究でわかった。

さらに侵入時には人の細胞表面にあるたんぱく質の助けを借りることも明らかになっている。

こうした情報は治療薬やワクチン開発の手掛かりとなる。

ウイルスが持つスパイクたんぱく質を合成してワクチンに使う研究が日本の国立感染症研究所も含め世界で進行中だ。

一方で、新型コロナウイルスが人によって無症状から重い肺炎まで様々な症状を起こす理由は不明だ。

人の体内でウイルスがどう振る舞うのかを調べるには配列情報の解析だけでなくマウスなどを用いた感染実験も必要で、解明には一定の時間がかかる。

体内でのウイルスの振る舞いは治療薬やワクチンの候補物質をさらに絞り込むための重要な情報であり、今後の研究の進展が期待される。

 

参考・引用一部改変

日経新聞・朝刊 2020.5.5