認知症 薬剤治療へ一歩 世界初、軽症者の進行抑制
米、条件付き認可 新薬開発に弾み
世界の推定患者数が3千万人にのぼるアルツハイマー型認知症の進行を抑える世界初の治療薬が米国で実用化される。
米食品医薬品局(FDA)が米バイオジェンとエーザイの新薬「アデュカヌマブ」を承認した。
FDAはニーズの高まりを背景に条件付きで認めた。
日本では患者数の多さや価格の高さから国の医療費を圧迫する懸念も指摘されており、承認に向けた焦点となる。
「アルツハイマー病の克服に向けた大きな一歩となる歴史的な承認」。
東京大学の岩坪威教授はこう評価する。
アルツハイマー病はこれまで一部の症状を緩和する治療薬しかなかったが、アデュカヌマブでは進行を抑える効果が期待でき、新たな治療薬開発が加速することにもつながる。
アルツハイマー病は世界に5千万人いると推定される認知症患者のうちの6割を占める中心的な病気だ。
進行性の脳疾患で、記憶や思考能力が徐々に低下し、最終的には日常生活が困難となる。
原因物質を除去
発症理由は解明途上だが、患者の脳内に「アミロイドベータ」と呼ばれるたんぱく質が蓄積し、徐々に神経細胞が壊れ、脳の萎縮が起こることが分かっている。
アミロイドを取り除けば進行を止めることができるとみて、多くの科学者や製薬会社がアミロイドを阻害する薬剤開発に挑んできた。
現実は厳しかった。
米国研究製薬工業協会によると、2017年までの20年におよぶ製薬各社の治療薬開発の取り組みは4勝146敗。
成功したのは症状の緩和を目的とした薬剤だけで、アミロイドを狙った治療薬開発はことごとく失敗した。
アデュカヌマブは人間の免疫のもとになるたんぱく質「抗体」を使う抗体医薬の一種。軽度の認知障害を持つ患者が対象だ。
脳内のアミロイドの塊だけを取り除くように設計したことが奏功したとされる。
失敗した薬剤は脳内でアミロイドが合成されるのを阻害したり、血液中に溶け出したアミロイドを取り除いたりする仕組みだった。
アデュカヌマブを投与するとアミロイドの塊に抗体が結合する。
抗体が結合した塊は人間に備わる免疫システムによって異物と判断され、免疫細胞によって排除される。
もう一つの成功要因は投与量だ。
一般に脳には異物の侵入を防ぐ障壁があり、薬剤の成分は届きにくい。錠剤などの分子量の小さな薬剤成分は届くが、分子量が大きい抗体医薬はほとんど入らない。
バイオジェンとエーザイは投与量を最大限増やす道を選んだ。
投与量の0.数%を届けることでアミロイドの塊を取り除くことを証明した。一般的な抗がん剤に使われる抗体医薬の場合、投与量は体重1キログラムあたり3~5ミリグラム程度だが、アデュカヌマブは同10ミリグラムと2倍以上だ。
約1年半の臨床試験によって進行スピードを2割遅らせるとの結果が出た。
重篤な副作用はほとんど出ていない。
実際には月1回の頻度で、点滴で患者に投与する。
画期的な治療効果にみえるが、科学界からは批判的な意見もあった。
投与量を増やした患者群では病気の進行を抑える効果があったものの、投与量が少ない患者群では明確な有効性が出なかったためだ。
一部の専門家からは「評価するためのデータとしては足りない」などの意見も出た。
予想を覆し承認
20年11月にFDAが外部専門家を招いた諮問委員会では科学的根拠が不足しているとして、承認について否定的な見解が出た。
「もうアデュカヌマブの承認はないだろう」(国内機関投資家)との見方も出た。
FDAの判断はこんな予想を覆した。
条件付き承認という意味合いが強いが、治療薬開発の扉を開いた。
アミロイドの塊を狙う、投与量を増やすといった手法は、今後の治療薬開発の指針となる。
すでにバイオジェンとエーザイの第2弾「レカネマブ」、スイス・ロシュの「ガンテネルマブ」が最終治験中で、22年中にも結果が出る。
米イーライ・リリーの「ドナネマブ」も近く最終治験を始める。
米国で新薬の承認ラッシュが起きる可能性も指摘されている。
アデュカヌマブは米国で20年8月に優先審査の対象として申請が受理され、わずか10カ月で承認にこぎ着けた。
一方、日本での承認審査はこれからだが「米国で承認された薬剤を日本が否定するのは難しいだろう」との見方がある。
参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2021.6.9