成人T細胞白血病

病気にかかりたい人はいません。
その中でも白血病は、誰もがかかりたくない病気の代表です。

この白血病に、出身地によっては、特にかかりやすいといってよい特殊な
白血病があります。


以下は鳥取大学医学部ウイルス学教室 日野茂男先生の解説です。

成人T細胞白血病
成人T細胞白血病(ATL)は、幼少時に母乳を介し母親から感染したhuman
T‐lymphotropic virus type 1(HTLV‐1)キャリアにのみ発症します。
ATL はHTLV‐ 1キャリアに5~10%の頻度で発症し、2年以内にほとんど死亡
するという予後の良くない病気です。
全国のキャリア数は約100 万人、ATL 発症数は年間約700 例といわれてい
ます。
 
ATLの治療は依然としてはかばかしくなく、ATL の予防には感染予防が最善
の方法です。

#疫 学
沖縄、鹿児島、宮崎、長崎各県のキャリア率は約5%で、世界的にみても最も
HTLV‐1地域集積性が強い地方です。
これらの人口は日本全国の約4.6%であるが、国内キャリアの1/3 を占める。
人口比約1%(約150 万人)の長崎県では、全国平均の10 倍、年間約70 例
の発症と死亡が確認され、他のすべての白血病とリンパ腫の合計に匹敵しま
す。

ここで具体的に長崎県を対象として、21 世紀のATL について考えてみます。
妊婦のキャリア率は、1945 年出生者の約8%から、1975年出生者の約2%に、
対数上直線的に減少しました。
1987年出生者のキャリア率は1.0%まで低下したと推定されます。
スクリーニング参加率、人工栄養・短期/長期母乳哺育の選択率を1987 年
以降に当てはめると、2010, 2020 年には、キャリアとして検出される母親
数は約100 および60 例と推定され、ATL 発症に至る感染は年間1 例以下と
なります。
その結果、21 世紀後半には長崎県からATLは駆逐されることも予想されま
す。

#病原体・病態(ちょっと難しいので読み飛ばしてください)
ヒトレトロウイルスHTLV‐1は逆転写後DNA となり、CD4 +T細胞の遺伝子
DNA に組み込まれ、プロウイルスとなります。
プロウイルス遺伝子は発現し、体内で二次感染を生ずるため感染細胞は多
クローン性です(図1A)。
不死化感染細胞の大部分はウイルス遺伝子発現をしません。
無限増殖もせず、腫瘍細胞でもありません。
Tax 蛋白による多彩な細胞遺伝子発現制御異常で感染細胞は不死化します。
ごく一部の細胞は遺伝子発現し、宿主に抗原刺激を行い、キャリアの診断
マーカー、抗体を維持します。
免疫監視機構は抗原発現細胞を速やかに排除します。
感染細胞は生涯消えず、感染者をHTLV‐1 キャリアといいます。

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図1. キャリア体内のCD4 +T 細胞
A :キャリア。多クローン性の感染細胞。
B :腫瘍細胞のクローンが出現。
C :ATL 。腫瘍細胞が単クローン性に増殖している。

ATL は、幼少時に母乳を介し母親から感染したHTLV‐1 キャリアにのみ発症
します。
成人感染の確証があるATL 例は、白血病の治療、移植など高度の免疫不全
症例しかありません。
CD4 + T感染細胞が数種類の突然変異で腫瘍化し(図1B)、単クローン性に
増殖したのがATL です(図1C)。
単クローン増殖までの突然変異集積の機構は不明です。
近年、60~70歳代の患者が最も多くなっています。
TSP/HAM やぶどう膜炎などの自己免疫性疾患は慢性に経過し、それ自体
致命的になることは多くありません。
自己免疫性疾患は成人感染によっても発症しますが、生涯発生率はATL より
少ないといわれます。

HTLV‐1の感染経路
HTLV‐ 1感染には感染細胞が他のT細胞に接触することが必要で、母乳を介
するもの以外の感染経路は、血液の移入(輸血、臓器移植、注射)と性交に
限定されます。
文献的には、輸血により約60%感染するとされているものの、我が国では
1987 年に輸血用血液のスクリーニングが導入されて以来、輸血感染は消滅
しています。
性交による感染は、結婚後2 年で20%程度に男性から女性に感染するといわ
れています。
 
#診断
キャリアの診断は抗体検査によります。
臨床的に白血病、リンパ腫を疑った場合のATL 診断は、抗体陽性、血液像、
HTLV‐1 感染細胞の単クローン性増殖を調べるsouthern blotting によりま
す。
進行ATL の患者ではLDH,sIL‐ 2R, Ca ++が上昇します。
一部には、かなり早期から免疫不全の兆候を認める。

#治療・予防
急性型ATL の治療成績は依然として良くありません。
G‐ CSF を加えた多剤化学療法(LSG15)でも50%生存期間は約1 年にすぎ
ないのです。
最近では、同種幹細胞移植による好成績が出始めましたが、大部分の高齢
患者は骨髄移植の適応外になります。
「くすぶり型や慢性型は経過観察する」が多数意見です。
 
ATL発症頻度は低く、感染予防は必要ないという意見もありまが、感染児の
発症率5~10%は日本の交通事故死危険率の数倍に相当します。
母乳哺育を信奉する医師は多いのですが、母乳で感染した場合の親子の苦痛
は深刻です。
HTLV‐1感染細胞は、56 ℃30分の加熱、又は凍結(一晩)で処理できます。
いずれにしても、直接授乳はできません。
哺育方法は、これらの事実をふまえた上で母親に選択していただきます、
しかし担当医師はバイアスの少ない正確な情報を与える必要があります。



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出典 朝日新聞・朝刊 2009.7.18
版権 朝日新聞社



<ATL 関連サイト>
[PDF] 地域間連携による 成人T細胞白血病(ATL)の克服
http://sangakukan.jp/journal/main/200901/pdf/0901-08.pdf

NPO法人 日本からHTLVウィルスをなくす会
http://www.minc.ne.jp/~nakusukai/

成人T細胞白血病(ATL)母子感染防止対策
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/fukushi/kenko/atl/index.html
(わかりやすく解説されています)




<自遊時間>
「ひので」衛星の観測した皆既日食
~3月19日の部分日食、宇宙では皆既日食
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http://www.isas.ac.jp/j/topics/topics/2007/0322.shtml