食物アレルギー 食べて治す

アレルギーの原因となる食べ物をあえて食べながら、子どもの食物アレルギーを克服しようとする試みが本格化している。
医療機関ごとにばらばらだった治療の確立を目指し、複数施設の協力による臨床研究も始まった。
ただ、まだ確立した治療法ではなく、リスクも伴う。

「もう外出が怖くなくなった」。
熊本県に住む中学3年生のNさんは声をはずませる。
さいころからピーナツが原因の食物アレルギーに悩んでいた。
ピーナツ入りの食品を食べないようにしていたが、小学校低学年のときに知らずにピーナツ入りのパンを食べ、呼吸困難に陥り病院で手当てを受けた。
以降、外出先では一切食べ物を口にできなかった。


入院して治療
昨年夏、神奈川県立こども医療センターに約3週間入院、ピーナツを食べる治療を受けた。
退院後はピーナツ入りの中華料理など何でも食べられるようになった。
効果を維持させるため、今でも毎日寝る前にすったピーナツを食べているが、「嫌がっていた外食が好きになり、性格も明るくなった」と母親も驚く。

卵、牛乳、小麦、ピーナツなど特定の食品を食べるとじんましんやかゆみ、皮膚の腫れ、嘔吐などのアレルギー症状が出る食物アレルギーに悩む子は多い。
呼吸困難や血圧低下などの全身症状が激しく出る「アナフィラキシーショック」が起こる場合もある。2007年3月、文部科学省が調査したところ、小学生から高校生約1280万人のうちの2.6%が、症状が軽いケースも含め、食物アレルギーだった。

神奈川県立こども医療センターなどが臨床研究として独自に取り組んでいるのは「経口免疫療法」。
実は人間の体の仕組みからすると、口から入り腸で吸収される食べ物にはアレルギーなどの免疫反応が起きにくいとされる点を利用する。
同センターの栗原和幸部長は「食べることで、本来体が持っている免疫を強める」と説明する。

イメージ 1



例えば、卵アレルギーの場合、まず、生卵の白身から作った粉を少しずつ飲む検査を実施、アレルギー症状が出る最低量を決める。
そこから1日数回、毎回の量を前回よりも20%ずつ増やしてジュースなどに混ぜて飲む。
ある程度の量になったら卵料理に変えて、卵1個に相当する約60グラムが食べられるようになるまで続ける。
途中でアレルギー症状が起きたら、薬などで症状を抑えながら前の量に戻す。
数週間で目標量に到達する子どもが多い。

07年から、卵、牛乳、ピーナツ、小麦のアレルギーを持つ5~14歳までの約40人に実施した。短期間で急速に食べる量を増やしていくため、万が一に備え入院してもらう。
アナフィラキシーを抑える処置をした子どもは1人いたが、最終的には全員、食べても症状が起こらなくなった。

これまで食物アレルギーに対しては「原因食物を除き、食べさせないのが常識だった」(栗原部長)。
だが臨床医の間では、少しずつ食べ続けていると、いつのまにか症状が起こらなくなるなどの現象は知られていた。
数年前からは国内外で食べて治す治療が有効であるという実績が報告され始めた。


自然治癒の場合も
ただ、経口免疫療法はまだ研究段階の治療。
なぜ食べると治るのかというメカニズムは分かっていない。
実施している医療機関ごとに治療法もばらばらだ。
食物アレルギーは乳幼児では5~10%と発症率が比較的高いが、小学校に入るぐらいまでに自然に食べられるようになる子どもも多い。
「低年齢の子どもがむやみに治療しても、不必要な場合も多い」(国立病院機構相模原病院の海老澤元宏部長)

厚生労働省の研究班(研究代表者・岩田力東京家政大学教授)は10年度に治療法の確立や有効性の判定などを目指した臨床研究をスタートさせた。
13カ所の医療機関理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センターなどが参加し、約3年間で卵、牛乳、ピーナツに対してアレルギー反応を起こす5~15歳の約100人を対象に、同じ手法で治療を実施する。
経口免疫療法をした場合と、原因物質を除いた食事を続けた場合とを比較して効果の違いや、効果がどれほど続くかなどをみる。

研究班を立ち上げた東京大学医学部の伊藤直香医師は「経口免疫療法について科学的に治療効果を検証できれば、治療法として普及する可能性がある」と話す。

まだ、小児科医でも見解が一致していないため、患者からみるとさまざまな情報が飛び交い分かりにくい。治療を受けた人でも皮膚や目に触れると症状が出たり、一度食べなくなると再び症状が出たりすることもある。

伊藤医師は「食物アレルギーのある人が、自己流で食べるのは危険。治療を希望する場合は、必ず治療体制の整った専門の医療機関を受診してほしい」と話す。
(西村絵)
出典 日経新聞・夕刊 2011.1.7
版権 日経新聞


<私的コメント>
アレルギーの治療には減感作療法といって、ごく少量のアレルゲンから始めて少しずつアレルゲンに対する抵抗力をつけていく(減感作あるいは脱感作)という治療法がありました。
従来のアレルゲンを排除する治療法ではうっかりアレルゲンが口に入った時のことが考慮されていません。
今ごろこんな話が話題になるのも不思議で今さらといった感じです。
食物アレルギーの治療現場では医師によって治療方針がまちまちでした。
今後は学会ガイドラインなどを通してしっかりと道筋を確立していただきたいと思います。



他に
井蛙内科開業医/診療録(4)
http://wellfrog4.exblog.jp/
(H21.10.16~)
井蛙内科開業医/診療録(3)
http://wellfrog3.exblog.jp/
(H20.12.11~)
井蛙内科開業医/診療録(2)
http://wellfrog2.exblog.jp/
(H20.5.22~)
井蛙内科開業医/診療録 
http://wellfrog.exblog.jp/
(H19.8.3~)
(いずれも内科専門医向けのブログです)
「井蛙」内科メモ帖 
http://harrison-cecil.blog.so-net.ne.jp/
葦の髄から循環器の世界をのぞく
http://blog.m3.com/reed/
(循環器専門医向けのブログです)
「葦の髄」メモ帖
http://yaplog.jp/hurst/
(「葦の髄から循環器の世界をのぞく」のイラスト版です)
があります。