スイッチ薬

「スイッチ薬」新方式“停滞” 医療用医薬成分を転用 開発迅速化のはずが…

医療用医薬品成分を転用した一般用医薬品(大衆薬)「スイッチ薬」の開発が遅れている。
昨年11月、高脂血症向けスイッチ薬について厚生労働省が部会了承を見送り、大衆薬業界に衝撃が走った。
同省が開発を推奨する成分をあらかじめ公表する仕組みを導入、開発の迅速化が見込まれたが、医師側の賛成を得られない。
セルフメディケーション(注)の旗振り役側も“停滞”に困惑している。


1月下旬からドラッグストアに、昨年スイッチ薬として承認された第一三共ヘルスケアの解熱鎮痛薬「ロキソニンS」が並んだ。
ある店長は「『病院に行かなければ処方してもらえなかった薬と同じものか』と聞かれる」と、反響に驚く。

ロキソニンSを店頭で買えると知った都内在住の女性会社員(33)は「医療用は長く効く。生理痛によく使っていた。病院に行かずドラッグストアで買えるとは便利になった」と話す。


高脂血症薬見送り
厚労省は2007年、スイッチ薬として開発を推奨する医療用成分を事前に公表する新たな仕組みを導入、昨年11月までに計21成分を明らかにした。
従来方式では開発した成分の有効性が後で認められない恐れもあり、新方式でスイッチ薬開発が迅速になると業界側の期待は高かった。
だが、新方式で開発を進め、申請に至った成分は実は2つどまり。
店頭に並ぶロキソニンSは従来方式の産物だ。

申請された1つで業界が承認を期待していた持田製薬高脂血症薬「エパデール」のスイッチ薬は、昨年11月の厚労省の部会で了承見送りとなった。
3月末までの発売を目指していた同社には寝耳に水だった。

同社は健康診断などで高脂血症の境界領域の消費者向けに承認を申請した。
だが部会では、医師である委員が「受診せず、健康診断結果だけで服用するのは問題」などと異を唱えた。

同スイッチ薬は、長期的服用が必要な生活習慣病向け。
長期服用薬は医師の指示を仰がないと副作用の恐れも高くなるとされる。
ただ、大衆薬業界関係者は「それ以上に、医師が処方する医療用医薬品との競合リスクに対し、医師の抵抗感が強い」と漏らす。

エパデール以外のスイッチ薬開発も進まない。
日本OTC医薬品協会が有力候補とみる「プロトンポンプ阻害剤」は海外ではスイッチ薬として発売済みだ。
ただ、これも医療関連学会が「胃酸抑制作用が強く、高齢者では胃酸の殺菌作用が抑えられて通常はかからないような肺炎にかかる恐れがある」と意見をつけた。

新方式について日本OTC医薬品協会の三輪芳弘会長は「期待外れで、もどかしい」と訴える。

他方、スイッチ薬の取り扱いを巡っては薬害を懸念する声もある。
市民団体「薬害オンブズパースン会議」代表の鈴木利広弁護士は「スイッチ薬の副作用は、医師ではなく、販売する薬剤師の責任が大きくなる。だが実際には薬局やドラッグストアでの注意喚起は不十分」と指摘する。
そのため鈴木弁護士は「規制緩和で安易にスイッチ化せず、一つ一つの薬の特性で判断すべきだ」と警告する。


メーカー間にも壁
スイッチ薬開発では医療用医薬品メーカーから協力を得ることのハードルも高い。
臨床試験データが必要なためだが、競合の恐れから大型薬ほど医療用医薬品メーカーの協力が得にくい。プロトンポンプ阻害剤もその代表例だ。

同協会の委託を受けて慶応大は、プロトンポンプ阻害剤と同様に有力候補とされる高血圧薬「ACE阻害剤」について、スイッチ薬として発売した場合の費用対効果を分析。
40歳男性でスイッチ薬を利用する人、全く治療しない人、医療機関で治療する人を比べた。

慶応大の分析では、スイッチ薬利用者で期待される平均生存年は40.77年と医療機関で治療する人と変わらず、全く治療しない人より 0.89年長い。
病気に伴う労働損失などを含めた総費用はスイッチ薬利用者が約817万円で、全く治療しない人より約36万円、医療機関で治療する人より約65万円少ないという。

特定非営利活動法人NPO法人セルフメディケーション推進協議会の村田正弘専務理事は「スイッチ薬の登場は軽い病気の予防・治療を通じて国民の健康に貢献、国の医療費を抑える可能性がある」と語る。

厚労省の担当者は「個別の医薬品の承認で、使い方など詳細な条件の検討に時間を要している」という。ただ「スイッチ薬として開発を推奨する成分の安全性などは医師側も合意しており、より効果を発揮する医薬品を提供し、患者の選択の幅を広げたい」としている。

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医師・薬剤師の連携不可欠
スイッチ薬開発に向けた医療用成分公表制度では、医療関連学会の意見で多くの候補が脱落する状態が続いている。
日本OTC医薬品協会が有力候補119成分を独自公表して厚労省に働き掛けているが、状況は変わらない。

東京医科歯科大の川渕孝一教授(医療経済学)は「医師にとってもスイッチ薬推進が経済合理性もあり魅力的なものになるような制度設計が必要。医師と薬剤師が連携、双方に利点のある仕組み作りが必要」と話す。

具体的には「現状では、紙ベースの『お薬手帳』があるが、薬局は医療機関とこうした情報をIT(情報技術)で管理・共有し、連携しやすくするよう試みてはどうか」と求める。

構造的問題にも言及。「薬価(薬の公定価格)制度を改め、後発薬普及を推進、新薬メーカーに製品延命策として今よりさらにスイッチ薬の開発を促さないといけない」とも指摘する。

厚労省も研究班を設置、薬局で買える検査薬を拡充、スイッチ薬と併用して消費者に適正使用を促す仕組みを探る。代表者の望月真弓慶応大教授(医薬品情報学)は、「薬剤師はスイッチ薬で治療が難しい場合に医師の受診を勧め、医師との連携を促せる」と期待する。
研究班は3月末までに研究をまとめる。
(新沼大、北角裕樹)


(注)文中のセルフメディケーション[ self medication ]とは
軽い病気ならば医師の診断を受けず、薬局・薬店などで買える一般用医薬品(大衆薬)などを使って自分で予防・治療する自己健康管理のこと。
2009年6月に全面施行された改正薬事法は薬剤師らによる大衆薬の情報提供を強化するよう小売店に求めており、消費者が自分の体質などに応じて製品を選べるようになってきている。
大衆薬メーカーやドラッグストア各社は大衆薬の需要拡大につながるとみて、普及拡大に力を入れている。



出典 日経新聞・夕刊 2011.2.3
版権 日経新聞


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