ヒスタミンを止めろ

2月20日は、アレルギーの日
花粉症やぜんそくなど、アレルギー患者は増える一方だ。
症状を引き起こすヒスタミンの働きを止めようと、発症の仕組みの解明が続く。
この分野の研究は日本が大きく貢献しており、症状を抑える新たなターゲットが見つかってきた。

「今やアレルギーは病気というより、日本人の標準体質になりつつある」

国立成育医療研究センター研究所の斎藤博久副所長は話す。
ぜんそくや花粉症など、何らかのアレルギー疾患がある人は約3割。症状はないがアレルギー体質の人は、都市部では約8割という報告もある。

一般的なアレルギーの患者になるまでは二つの段階がある。

まず、準備段階。花粉やダニなどの異物(抗原)が体内に入り、その抗原にくっつく「IgE抗体」という物質ができる。
IgEは元々は寄生虫などに反応してできる。
正常な人だと生産はある程度で治まるが、免疫のバランスが崩れると、大量にできてアレルギー体質になる。

このIgEが、受け皿である受容体を持ったマスト細胞に結合。
マスト細胞は、アレルギーと密接にかかわっており、これで発症の準備が整う。

次に発症段階。
再び花粉などの抗原が体に入り、マスト細胞などにくっついているIgEに結合する。
すると、細胞内にあるヒスタミンなどの刺激物質が出てくる。
ヒスタミンなどが別の細胞の受容体に結合、くしゃみやかゆみ、鼻水などを引き起こす。
これも、本来は異物を排除する反応だ。

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●日本人がリード
抗原を完全に防ぐのは不可能だが、体内のヒスタミンの作用を止めれば治療につながる。
昨年、その可能性を秘めた重要な発見を日本人研究者がした。

米ラホイヤアレルギー免疫研究所の川上敏明教授らは、ヒスタミンが出る段階で大きな役割を果たす物質を特定した。

この段階ではIgE抗体と抗原が発症に関係するが、抗原がわずかでも、症状が続いたり、雪だるま式に重くなったりするため、別の原因もあると考えられており、それを探る研究が続いていた。

川上さんらは、ぜんそく患者ののどの分泌液などに含まれているHRFという物質に着目した。
20年ほど前から存在は知られていたが、働きは謎だった。
マウスを使った実験で、HRFはIgEに結びつき、ヒスタミンの放出を促し続ける、アクセル役だったと分かった。

この結びつきを邪魔する物質2種類も発見。
ぜんそくのあるマウスに与えると、症状を抑えることができた。
川上さんは「HRFの役割が分かったことで、新しい治療法の開発に結びつく可能性が高い」と話す。

発症の最終段階に関わる大きな成果をあげたのは、京都大学の岩田想教授(構造生物学)。
ヒスタミンが結合する受容体の構造を突き止めた。

花粉症などの症状を抑える薬の代表が抗ヒスタミン薬。
先回りして受容体の穴にはまって、症状を引き起こすヒスタミンの結合を邪魔する。
しかし、ヒスタミン受容体の詳細な構造は不明で、昔の薬の中には似たような構造をした別の受容体にも結合し、眠気やのどの渇きなどの副作用を起こすものもあった。

岩田さんらは、穴の精密な構造のX線を使った解析に成功。
調べた構造をもとに、副作用が少ない薬の候補を26個見つけた。
19個は実際に使える可能性があるという。

岩田さんは「構造が分かれば、やみくもに候補物質を試す必要はなく、効率的な創薬につながる」と話す。
他の刺激物質の受容体でも構造を解明するのに役立つ手法だ。


●基礎研究が貢献
アレルギー研究の大きな転換点はIgE抗体の発見だった。
米ラホイヤアレルギー免疫研究所名誉所長の石坂公成博士が見つけ、その発表を米国でしたのが1966年2月20日。
日本アレルギー協会は95年、この日を「アレルギーの日」と決めた。

今ではIgEは、アレルギーの原因や重症度を調べる検査に使われている。
石坂さんは「基礎研究は使ってもらわないと、『ああそうですか』で終わってしまう。
好きでやった研究を治療などに活用してもらえたのはありがたい話です」と話す。

アレルギーは幼い頃に発症して、長期間付き合う人も多いだけに、基礎研究への期待も大きい。

           ◇                  ◇

《筆者の小坪遊から》
誤解を恐れずに言えば、アレルギーは実に面白い現象です。
本来害を及ぼさないような物質をなぜ免疫システムが攻撃してしまうのか。この現象を解明する過程で、医学や免疫学の分野にも大きな進展がありました。

基礎研究の結果はすぐに治療の開発につながるわけではありません。
しかし、治療の可能性を広げたり、病気の仕組みを詳しく知ることで、少なくとも有効でない治療が分かったりもします。

今回の記事が掲載された後も、知人から「いい治療法を教えて」と連絡がありました。
病気の苦労と、治療への期待を感じます。

取材した、石坂公成さんもアレルギー患者の増加をとても心配していました。
確かに、例えば通常の花粉症は鼻水やくしゃみ、目のかゆみなど、手術や特別な治療が必要なものに比べたら、軽い病気に見えるかもしれません。

しかし、毎年膨大な数の人が、仕事や勉強の効率、生活の質を下げていることを考えると、「軽い」病気とは言えません。ぜんそくではいまだに千人単位の人が亡くなっています。
石坂さんは「アレルギー患者たちが力を出しきれないのは、経済的にも損失が大きい」と言います。

早く有効な治療法が社会に届くためには、研究者の奮闘だけでなく、社会の側からの基礎研究への理解も大切です。これからもぜひアレルギー研究に注目して欲しいと思います。

出典 朝日新聞・朝刊 2012.2.20
版権 朝日新聞社

<私的コメント>
こういった記事も一定時間が経過すると閲覧できなくなってしまいます。
何気に飛ばし読みしてしまう、こういった健康欄。
後日我が身や身内にふりかかって来た時、どっかに載ってたんだけどなあ、では後の祭りです。
このブログがこんな時に役に立てば、というのがずっと続けている理由です。
さて、月・木の朝日新聞の「科学」欄。
新聞では筆者のコメントが掲載されていませんが、サイトではこのコメントが見ることができます。
読者のコメントもなかなか面白く、こういった科学記事を深読みしている方が多いのには感心させられます。
今回の読者のコメントも面白かったです。
IeGと書かれてあったのはご愛嬌です。