授かった治癒力と癒やし

以下は、日野原重明先生の最近のエッセイの引用です。

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最近、「神の手」という言葉が流行しているようです。
卓越した手術の腕のある外科医を、「神の手を持つ」などと言うことがあります。
しかし、病や傷を治すのは決してメスを握る医師の技術だけではありません。

科学が著しい発展を遂げた現代では、一般的に「病気は医師が薬物や手術で治す」と考えられています。ですが、その力を超えた領域もまた存在しています。
たとえば近年、新たなインフルエンザウイルスの脅威が言われています。
人間が新薬を作り出しても、それを使っている間にウイルスが耐性を持ち、効かなくなってしまうことがあるのです。

「癒」という漢字の成り立ちをご存じでしょうか。
白川静著『字統』によれば、病垂(やまいだれ)の中にある「愈」とは、手術刀、メスのことです。
化膿(かのう)している病巣にメスを当てて切開すると、膿(うみ)が外に出される。
その後、傷はおのずと治る。
そういった意味があるようです。

一方、「癒やす」という意味の英語heal(ヒール)、あるいはドイツ語heilen(ハイレン)も、由来をさかのぼると、「全体」「全き状態」を指すwhole(ホール)にたどり着きます。healとは「全き状態に戻す」という意味なのです。

16世紀の外科医アンブロワーズ・パレは、こんな言葉を残しました。
「私が処置し、そして神が癒やしたもうた」。
パレは体に生まれながらに備わった治癒力を「神の力」とみなし、その力があって初めて医師の医療行為がその効果を発揮すると考えていたのです。

癒やしには「体の癒やし」の他に「心の癒やし」があります。
「介抱する」「手当てする」という日本語は、英語のcare(ケア)に当たります。
これは「病む人の近くに寄り添って世話をする」ことで、看護、介護する心の本質を表現する言葉だと思います。

医療技術は万能ではありません。
でも、人間には自然治癒力が備わっており、それは超人的な力、まさに「神から与えられた」ものなのです。
医療に従事する人たち、あるいは医療を学ぶ学生の方々には、この隠された力への敬意を忘れず、その力を借りてこそ医療が「癒やし」につながることを心にとめていてもらいたい。
私はそう思っています。

出典 朝日新聞・朝刊 2012.5.26 「100歳・私の証」日野原重明
版権 朝日新聞社

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<私的コメント>
とても100歳を超えたドクターの文章とは思えません。
最近、音楽評論家の吉田秀和氏が逝去されました。
98歳というご高齢でした。
最後まで執筆活動をされ、知が体力に勝(まさ)った典型例です。
自分の最後もかくあらん、と願います。

さて文中のアンブロワーズ・パレの存在は、恥ずかしながら10年前ぐらいに初めて知りました。
私の出身大学の同窓会長が、卒業生の餞(はなむけ)の言葉としてお話のなり、この内容が新聞でも紹介されたのが知ったきっかけでした。
その際に紹介されたのは、「時に治し(cure) しばしば和らげ(relieve) 常に慰める(comfort)」という言葉でした。
医学が発達したといわれる現在でさえ、医学は万能ではありません。
極端にいえば、治療しなくても治る病気もあれば治せない病気もあります。
しかし医療側は、少なくとも悩める病者の苦痛を和らげ、慰めることはできるのです。

医療は不確実であり万能ではないのです。
こういった謙虚な気持ちを医療側も受療側も忘れないようにしたいものです。

医療側は、少なくとも医療によって患者さんを悪くすることは避けなくてはいけません。
そして、患者さんは寿命を縮めること(例えば喫煙や過度な飲酒など)をしないように心がけるべきです。
根本にあるのは謙虚な気持ちではないでしょうか。








吉田秀和氏については、

大動脈解離、初診時心電図が鍵
http://blog.m3.com/reed/20120529/1

の中の<自遊時間>を参照下さい。


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             (2012.5.26は子供の結婚披露宴でした)

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