がん投薬治療、遺伝子で選ぶ

がん投薬治療、遺伝子で選ぶ 変異突き止め「適剤適処」

がんは遺伝子で治療法を選択する時代に入った。
同じ臓器のがんでも原因となる遺伝子の違いによって、薬の効果や副作用が異なる。
次世代シーケンサーと呼ぶ解析装置を使い、患者のがん遺伝子の変異を迅速に調べて最適な薬を選ぶゲノム(全遺伝情報)診療が相次ぐ。
4月から北海道大学が、5月から国立がん研究センターが専門部署を立ち上げ、新時代のがん治療を開始した。

北海道大学は4月、「がん遺伝子診断外来」を開設し、週2回の割合で検査をしている。
手術や既存の抗がん剤など標準的な治療法が難しくなった進行がんや、再発がん患者の遺伝子を調べて最適な治療方針を提案する。

従来はがん遺伝子を1個ずつ調べていたが、同大が三菱スペース・ソフトウエアと共同で開発したがん遺伝子解析システムを使えば、迅速に160種類以上のがん遺伝子の変異が同時に分かる。
 
ヒトの全遺伝子は約2万5000種類あり、がん関連遺伝子は500種類とされる。
既に特定の遺伝子の異常を標的とした分子標的治療薬は現在50種類ほどあり、治療薬選択の対象となる遺伝子は30種類程度あるという。

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北大の遺伝子検査法は遺伝子の数の違いなどで3種類ある。
いずれも費用は自己負担になる。
北大が独自に解析する方法は2種類あり、24種類のがん遺伝子を調べる検査が約40万円、160種類の遺伝子を調べるものが約70万円かかるが、結果は2週間でわかる。
検査する遺伝子数が210種類と最も多い方法は米国に検査を依頼するため、結果がわかるのに5週間ほどかかり、費用も約100万円と高額だ。
 
検査の対象になるのは既にがんと診断された通院の患者。
がんの標準的な治療を受けている膵臓がんや大腸がんの患者が毎週6人ほど検査を受けている。
 
同大腫瘍内科の教授は「標準治療の手段がなくなったとき、新たな治療の選択肢を探るために検査を受けている人がほとんど」と説明する。
 
まだ検査結果がわかった患者は12人にすぎないが、7割弱で治療薬の選択につながる遺伝子の異常が見つかり、このうち3分の1程度が臨床試験に参加するなど新たな治療に結びついたという。
 
検査の結果、国内で承認済みや臨床試験中の薬などが効くかどうかの情報が入る。
「国内で臨床試験が進んでいれば、試験に参加できる可能性が出てくる」と同教授はメリットを強調する。
 
例えば、肺がんの原因遺伝子にはEGFRやALK、HER2、RET、ROS1といった種類がある。
EGFRとALKが原因であれば、保険が利く薬を使えるが、HER2では乳がん胃がんを対象にした保険適用外の薬しかない。
この薬は肺がんに適用を拡大する臨床試験が国内で進んでおり、条件がそろえば、試験に参加することも可能になる。

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国立がん研究センター中央病院は5月から患者の遺伝子の情報を利用して、がんの特効薬を見つけたり、副作用を回避したりするゲノム診療の臨床研究に着手した。

各科の医師が標準的ながん治療が効かなくなった患者に対し、遺伝子検査について説明。
同意を得た上で、患者からがん細胞と正常細胞を採って遺伝子を調べる。

調べるのは、がん治療の選択に関わっている約100種類の遺伝子。
結果は最短2週間でわかり、担当医が患者に結果を説明する。
検査結果は多くの場合、同センターで臨床試験中の薬の選択に役立てる。
検査にかかる費用は、臨床研究として実施するので同センターが負担する。
 
同センター研究所が独自の遺伝子診断システムを開発するため、検査を受けた約130人の患者のうち、治療選択に有効な遺伝子異常が見つかったのは約4割。
初期の治験に参加できたのは全体の約1割で、このうち約6割で治療効果が得られたという。
治療効果があった患者総数はまだ少ない。
 
治療効果が期待できる薬が見つかっても患者の体調が悪かったり、体調がよくてもうまく合う薬がなかったりすることもあるからだ。
 
ただ、「遺伝子の網羅的な解析によって、これまでに見つかっていなかった異常を発見でき、その結果に基づいて治療に道が開ける患者もいるので、ゲノム診療は今後、ますます必要になる」と同センター中央病院先端医療科の科長はいう。
 
京都大学などはどのような遺伝子変異があった患者に、どのような薬が投与され、有効性や副作用がどうだったかというデータを蓄積する日本人の「がんゲノムデータベース」を進めており、北大なども情報を提供する計画だ。北大の特任教授は「このデータを活用することで、がんのゲノム診療が加速する」と期待する。

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全遺伝子調べるゲノム検査 病気や副作用解明の糸口
ヒトの全遺伝子を調べるゲノム検査は、病気の予防や治療に役立つ。
次世代シーケンサーと呼ぶ遺伝子解析装置を使って、ヒトの遺伝情報を読み解き、病気の原因になる遺伝子の異常などを検出する。
 
正常細胞を調べれば、遺伝性のがんにかかりやすいかどうかや、糖尿病など生活習慣病へのなりやすさ、治療の副作用の起きやすさなど生まれつきの体質を調べることができる。
病気の早期発見や発がん抑制などに生かせる。
米国の女優、アンジェリーナ・ジョリーさんはゲノム検査で遺伝性乳がんの可能性がわかり、予防のため、乳房を切除した。
 
ただ、検査の精度やリスクを正しく理解し、結果を自分や家族がどう受け止めるか検査前に家族や遺伝カウンセラー、主治医らと相談する必要がある。
 
一方、がんなどの患者の組織や血液中の細胞を使ってヒトの全遺伝子を解読し、患者に合った治療法の選択に生かすのが個別化医療だ。
同じがんでも原因となる遺伝子が異なるため、患者によって通常の抗がん剤が効かなかったり、副作用が強く出たりすることがある。
各患者の遺伝子を調べてがんに特有の遺伝子変異を特定できれば、副作用がより少なく、効果がより高い治療薬の選択などに道が開ける。

 
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出典
日経新聞・朝刊 2016.5.15

’’’私的コメント’’’
血液のがんに比べて、固形がんに対する抗がん剤の効果は限局的であることは医学常識です。
その中で、少しでも効果がありそうな抗がん剤を遺伝子的手法を選ぼうという考え方はよく分かります。
しかし、抗がん剤の効果に限界がある限り(そのような方法を駆使しても)治療結果も劇的に高まることは考えられんません。
問題は治療結果です。
また、副作用を少しでも減らすという目的での臨床応用はどの程度されているのでしょうか。
抗がん剤は治療薬ですが「毒薬」という側面も持つことを忘れてはなりません。