心臓シート承認

心臓シート承認 再生医療に弾み 迅速な審査 新法で第1号

2015年9月、厚生労働省は患者の太ももの筋肉細胞から作った心臓シートの製造・販売を承認した。
2014年11月に新しい法律が施行されて医薬品や医療機器の製造や販売を承認する仕組みが変わってから、再生医療製品が承認されるのは初めてのケースだ。
これまで心臓移植を待つしかなかった患者の一部を救える見通し。順調に普及すれば、国が進める再生医療の産業化にも弾みがつく。

製造・販売するのは医療機器大手のテルモで製品名は「ハートシート」。
患者の太ももから筋芽細胞を採取し、培養してシート状にした後、心臓の表面に貼って使う。
シートの開発者である大阪大学教授の澤芳樹さんらと協力し、2007年に開発に着手。12年から大阪大と東京大学東京女子医科大学の付属病院で7人に対して臨床試験(治験)を実施し、2014年無事に終えた。
同年10月末に厚労省に対し製造・販売の承認を申請した。

狭心症などに効果
シートの細胞が出す「サイトカイン」という物質が作用し、血管が新しくできるのを促したり、硬くなった心筋を柔らかくしたりして、心臓の機能を改善する。
これまでは軽症から中程度の患者が薬物治療、重症患者になると心臓移植の対象だったが、国内では心臓を提供するドナーが圧倒的に不足する状況が続く。
ハートシートはこの隙間を埋める治療法だ。
国内で毎年1万~2万人が発症する(心筋梗塞狭心症といった)虚血性心疾患の患者の一部を治療できるようになる。
 
ハートシートは、2014年11月に再生医療の普及を狙う目的で施行した医薬品医療機器法に基づき、迅速な審査制度によって厚労省が承認した初めての事例だ。
従来は申請から承認まで3年程度かかっていたが、1年程度で実用化にこぎ着けることができるようになった。
 
承認期間を短くできたのは、条件および期限つき承認という仕組みを使ったため。
人の細胞を使う再生医療は個人差が大きく、品質が不均質になる。
有用性を確認するためのデータ収集や評価に時間がかかる。
このため、安全性を確認し、有用性が推定された時点で期限付きで承認する。
その後、市販してさらなる検証を進め、改めて再申請をする。
こうすることで企業は事業化のめどを立てやすくなるとみている。

治療費の設定カギ
普及のカギを握るのが治療費の設定だ。
高すぎると医療財政を圧迫させる要因にもなりかねない半面、安すぎると事業にするうまみが減る。
ハートシートは国が掲げる再生医療の産業化にとって一里塚になる製品だけに、国と医療機関、企業が相談し、慎重に決める必要がある。
 
治験の前段階の臨床研究も含めると、澤さんは40人超の患者にハートシートを使う治療を試みた。
効果が確認できた26人は心筋梗塞の頻度が3分の1に減る成果が出た。
 
ただ一方で、心機能が回復しない患者もいる。そこでiPS細胞から心筋細胞を作り、心臓に貼り付ける次の治療法の開発にも取り組む。
2017~18年に人への適用を目指し研究を進めている。
京都大学iPS細胞研究所が進める「iPS細胞ストック」から臨床に使えるiPS細胞の提供も受けた。
 
ハートシートは心臓に貼り付けても拍動せず、心臓が血液を送り出す機能を直接助けるわけではない。
一方、iPS細胞から作った心筋細胞シートだと拍動し、心筋細胞の収縮機能そのものを改善できるかもしれない。
より重症の心不全に適用できるとみている。
 
ミニブタを使い、筋芽細胞を使う場合よりも一部の心機能が改善することを確認した。
さらにマウスのiPS細胞から作った心筋細胞シートをラットへ移植すると心臓の一部になり、一緒に拍動することも確認済みだ。
 
京大のストックから提供を受けたiPS細胞から高い効率で心筋細胞を作製することにも成功。
動物実験で安全性の検証を重ね、臨床研究を目指す。
 
今後はiPS細胞から作った細胞を大量に人体へ移植するためのルール作りが急務になる。
また、安全性の確保に向け、心筋にうまく育たなかった細胞を取り除く技術の開発も欠かせない。

 
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参考
日経新聞・朝刊 2015.10.16