胃がん予防にピロリ菌除菌

胃がん予防にピロリ菌除菌 学会が「全感染者の除菌」推奨、「証拠不十分」の声も

胃に感染するヘリコバクター・ピロリ菌は、胃がんを引き起こす要因の一つとされる。
2009年、日本ヘリコバクター学会が、すべてのピロリ菌感染者に対して除菌を勧める指針を公表した。
胃がん予防の観点から、ピロリ菌除菌の効用はどこまで分かっているのだろうか。
 
現状のままピロリ菌感染者を放っておけば、日本の胃がん治療費は数千億円も膨らむ。
除菌治療を進めるのは今しかない。
同学会は昨年、すべてのピロリ菌感染者を「ヘリコバクター・ピロリ感染症」と位置付け、抗生物質の投与による除菌治療を推奨する指針をまとめた。

国内に6000万人
ピロリ菌はらせん状の形をした細菌で胃の粘液にすむ。
感染すると、胃炎や胃潰瘍から胃がんに進行しやすくなる。
ほかにも様々な病気を引き起こす原因になると考えられ、多くは除菌で予防につながるという。
 
日本人は約6000万人が感染しているといわれる。
子供のころに水などを介して経口感染すると考えられており、上下水道の未整備な時代に育った中高年以上でとくに感染者が多い。
日本ではピロリ菌陽性の慢性胃炎患者のうち、毎年3~5%が胃潰瘍になり、0.5%が胃がんを発症している。
 
今回の指針の根拠になったのが、2008年に英医学誌ランセットに発表された研究論文だ。
早期胃がん内視鏡手術を受けたピロリ菌感染者505人を2グループに分類。
一方にピロリ菌の除菌をし、もう一方は除菌をしなかったところ除菌したグループで胃がん再発率を約3分の1に抑えられることが分かった。
同学会は除菌治療によって胃がんを予防する効果が確認できたとしている。
 
ピロリ菌の除菌治療は、まず感染の有無を調べる。
はき出す息や血液・便などから調べる手法、胃の組織の一部を取りだして調べる手法がある。
感染が分かったら菌をやっつける抗生物質など3種類の薬剤を朝・夕食後の1日2回、1週間服用。これで80~90%の人は除菌に成功するが、うまくいかなかった場合は薬の種類を変えてやり直す。
下痢や軟便、味覚障害などの副作用が出ることもあるが、一過性だという。

大半は自己負担
現在、除菌治療に健康保険が適用されるのは、胃潰瘍と十二指腸潰瘍がある人のみ。
それ以外の人が胃がん予防などのために実施すると全額自己負担となり、数万円の費用がかかる。
ヘリコバクター学会などは、除菌治療の保険適用範囲を拡大するよう国に働き掛けているが、ピロリ菌感染者は数が多く、必要な医療費が膨大になってしまう懸念が出てくる。

バリウムを飲んでX線撮影する現行の胃がん検診に代わり「ペプシノゲン法(PG法)」も提唱されている。胃がんの前段階である胃粘膜の萎縮の有無を血液検査で調べる手法で、X線による検診の10分の1以下の費用でできる。

50歳以上の5400万人にPG法による胃がん検診をし、その結果、対象者に除菌をしたと仮定して費用を試算。5年間で5400億円の費用がかかるという試算もある。
ただ5年間で胃がんによる死者を15万人減少させ、年間3000億円といわれる胃がん医療費が3分の1に削減される。
長期的には医療費も大幅に削減できる。

ピロリ菌が胃がんを引き起こすことは、今ではほとんど疑いのない知見だ。
国立がん研究センターを中心とした研究班が過去に40~69歳の男女4万人を15年間追跡した大規模疫学調査によると、ピロリ菌感染者は未感染の人と比べて胃がんを発症するリスクが5.1倍。
菌に感染していながら陰性と判定された「隠れ感染者」を含めると約10倍になることが分かっている。

もっともC型肝炎ウイルス感染者が肝がんに移行する場合などと比べ、ピロリ菌感染者で胃がんを発症する人の比率は高くない。
このため、すべての感染者に除菌を推奨する指針に対しては慎重な意見もある。
大規模に除菌治療を実施した場合、抗生物質に対する耐性菌のまん延や、思わぬ副作用などの不利益が起こらないとも限らない。

胃がん予防のためのピロリ菌除菌について「状況証拠的には有効」としながらも「エビデンス(根拠)は十分ではない」と指摘する専門家もいる。
禁煙や高塩分食品の摂取を控えるなど、別に有効な胃がん予防法もあることから、全感染者への除菌推奨にはさらなる根拠を待つのが現実的だ。

 
イメージ 1


参考・引用
日経新聞・夕刊 2010.5.28