抗がん剤、選択のポイント

抗がん剤、選択のポイントは

がんは高齢になるほどなりやすく、診断される人の7割を65歳以上が占める。
がん治療の柱の一つである抗がん剤は、吐き気や痛みといった副作用を伴うことも多い。
ほかの病気も抱えがちな高齢者は、どんな場合に抗がん剤治療を始め、使う際にはどんな点に注意すべきなのか。

80歳、治療再開を決断
Aさん(女性、80歳)は3年前の秋、急激にやせ始めたの大学病院を受診し、進行した食道がんと診断された。
計2カ月ほど入院し、点滴するタイプの抗がん剤治療と放射線治療を受けた。
この前後から味覚障害がでて、今も残るという。
 
退院後は8歳上の夫と2人暮らし。
夫は身の回りのことはできたがひざが悪かった。
散歩に出かけるときや家の中でも転倒しないか心配で、見守りが必要だと女性は感じていた。
抗がん剤治療を続けて体調が悪くなったら、夫を助けることができない。
そう考えた女性は退院後、抗がん剤治療を受けなかった。
 
だが今春、夫が亡くなり、通院でできる自宅でのむタイプの抗がん剤を始めることにした。
「具合が悪くなっても一人暮らしで自分だけ。量は少なくても毎日3食きちんと食べられているので、のんでみようと思った」と語る。
 
主治医は「どんな治療をしていくか、本人の意思がしっかりしていたので尊重してきた」と話す。
抗がん剤の効果や副作用の程度をみて、本人とも相談して続けていくかどうかを決めるという。
 
長女(57)は「母はここ数年、父のために生きてきた。これからはうまく病気とつきあって体力を回復し、自分の時間を楽しく過ごしてほしい」と話す。
 
2012年にがんと診断された人は約86万5千人。
このうち約4割は75歳以上で、約7割は65歳以上が占めた。
25年には高齢者は人口の3割に達すると推計され、高齢のがん患者はさらに増えると見込まれる。

家族と方針共有、重要
高齢者の場合、全身状態が悪く標準的な治療があてはまらないこともあり、年齢だけでは決めにくい難しさがある。
抗がん剤と一口に言っても入院が必要なもの、通院でできるものがある。
点滴のほかにのむタイプもあり、体への負担は薬によっても違う。
 
年齢が同じでも健康状態は様々。
個人の健康状態を把握しなければ、どのような治療がよいかわからない。
抗がん剤を使うべきかを決める際のポイントは「患者自身が治療内容を理解して意思決定できるか。積極的な治療を望んでいるか。周囲のサポートを得られるか」が挙げられる。
 
抗がん剤を使う際、患者はどんなことに気をつければよいのか。
持病や不調を医師に伝え、自身の思いを家族らに伝えておくことが重要だ。
患者と家族で意見が分かれることもあるからだ。
治療の選択にはその人の生き方が反映される。
自分の希望や考えが医師らに伝わるよう、家族ときちんと共有した方がいい。
 
治療後の生活をイメージしておくことも大切だ。
高齢者の場合は薬の副作用に限らず、急に衰えて介護が必要になることがある。
それまで別居だった子どもらと同居を勧められるケースもある。
サポートが必要になった時に誰にお願いするのかを考えておいたほうがよい。
 
どのような治療が現場で選ばれているのか。
判断は医師の裁量に任されている。
 
国立がん研究センター東病院の研究グループは3年前、腫瘍内科専門医を中心に約1200人の医療関係者に郵送でアンケートをした。
 
治療をすれば2、3年の延命効果が見込める中等度の認知症の70歳を想定し、どの治療法を選ぶかを聞いた。
選択肢は
▽痛みをとることが中心の緩和ケア
▽のみ薬での抗がん剤
▽外来での抗がん剤
▽入院が必要な抗がん剤
の四つ。

医師らの回答割合は、四つともほぼ同じだった。
医師の間でもう少し、共通認識を確立する必要がある。
国立がん研究センター東病院では、実態を把握し思いもくみとろうと、今年から高齢のがん患者とその家族約100組に、どんな治療を選んだか、その理由は何かなどを聞く調査を進めている。

診療指針、脱「年齢線引き」へ
高齢者への抗がん剤治療にどれだけの効果があるのか。
判断するデータは乏しいが、それを改善する動きが出てきた。
 
国立がん研究センターは4月、同センター中央病院を受診した患者について、抗がん剤を使って生存期間に差がでるかを比べた調査結果を発表した。
進行した肺がんでは、75歳未満は抗がん剤治療をした人としなかった人で延命効果に差が出たが、75歳以上では大きな差はなかった。
 
ただし、分析できた75歳以上の数は19人。
調査を担当した医師は「あくまで予備的な調査。実態を明らかにするには、もっと大規模な調査が必要だ」と指摘する。
厚生労働省は、がん患者のデータを集める「全国がん登録」などを活用して調査をする方針。
 
学会も動き始めている。
日本臨床腫瘍学会と日本癌治療学会は、日本老年医学会の協力を得て、高齢がん患者の抗がん剤治療についての診療指針作りを進めている。
肺や大腸など部位ごとに、ある状態の患者にどの抗がん剤を使うべきか、現場の医師や患者自身が迷う際の参考になるものにしたいという。
来年初めの公表をめざしている。
 
これまでのがん種別の診療指針にも高齢者に触れた部分はあるが、年齢による線引きが多かった。
年齢の線引きだけでは対応できない。
何歳以上でどんな人は標準的な治療ができるとか、少し弱った人はこうした治療がよいとかを見極め、より適切な治療に導くことができるものにする必要がある。
 
厚労省がまとめた、今後6年のがん対策推進基本計画案は各世代ごとの対策が求められる。
高齢のがん患者向けの診療指針を作ることなどが目標となる。

 
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参考・引用
朝日新聞・朝刊 2017.6.7