正念場の認知症研究 困難な診断

正念場の認知症研究 困難な診断 安く正確に MRIや血液検査活用

臨床試験(治験)のために医師から紹介された人でも、大半は基準から外れている」。
米製薬大手バイオジェンのマイク・エーラーズ上級副社長は、アルツハイマー病の診断の難しさに苦渋の表情を浮かべる。
 
同社はアルツハイマー病治療薬を開発中で、日本などで最終段階の治験を進める。
症状の軽い人を対象に原因物質とされるアミロイドベータを取り除く薬剤を投与する。
 
治験参加には、認知機能検査や陽電子放射断層撮影装置(PET)による画像検査をクリアする必要があるが、医師が認知機能のチェックや問診などをして基準に当てはまると判断しても、実際は8割が不適合だった。
 
患者と日々向き合う湘南鎌倉総合病院の川田純也・神経内科部長は「認知症は症状が軽いと、熟練医師でも判断が難しい例が多い。医療機関によってばらつきがある」と嘆く。
アルツハイマー病に代表される認知症は、問診に加え認知機能や画像、脳の血流を評価する検査をもとに医師が判断する。
ただ、特に早期の場合、うつなど他の病気との区別や認知症の種類の見極めは困難という。
 
このため、臨床現場は精度が高く、安価な診断法の確立を求める。
根治が難しい認知病は早期発見が重要だからだ。
こうした声に応えようと北海道大学日立製作所は昨年11月、磁気共鳴画像装置(MRI)を使ってアルツハイマー病を診断する技術の開発を始めた。
 
アルツハイマー病の脳に特有の鉄の沈着状態と、脳の萎縮具合を高精度に解析し、病気の兆候を早期につかめるようにする。
実際のアルツハイマー病やその前段階である軽度認知障害の最大50人を対象に、MRIから判定できるか確かめる研究も3月に始動させた。
 
2年後までに早期発見できる診断技術を開発し2024年には製品化する予定だ。
北大の工藤與亮・診療教授は「クラウド人工知能(AI)の力を借り、どの病院でとった画像でも医師が迷わずに判定できるようにしたい」と将来図を描く。
 
安価で健康診断にも使われる血液検査によって早期診断できれば、非常に役立つ。
国立長寿医療研究センター島津製作所はアミロイドベータの蓄積の有無で、血中の量が変化するたんぱく質を調べる手法に挑む。
ノーベル賞を受賞した同社の田中耕一氏の質量分析法を応用した。
約60例を対象にした研究では9割以上の精度があった。
人数を増やして検証中だ。
 
アミロイドベータが蓄積し始めてから症状が出るまで約20年かかるとされる。
国立長寿研の柳沢勝彦研究所長は「この検出法は、世界的に難航する治療薬や予防薬開発の効率を高めることに貢献する」と強調する。
2年以内の実用化を目指す。
 
アミロイドはたまっているが症状は出ていない人に薬剤を投与する国際臨床研究に参加する東京大学の岩坪威教授も「超早期診断にはバイオマーカーが不可欠だ」と話す。
 
現在、治験の最終段階にあるアルツハイマー病の新薬候補の多くは、軽度認知障害や軽い認知症を対象とするのがほとんどだ。
新薬が実用化されたとしても、確実な早期診断ができなければ宝の持ち腐れに終わりかねない。
精度が高く安価な診断方法の確立は、認知症克服に向けた試金石だ。

参考・引用
日経新聞・朝刊 2017.7.24