脂肪や親知らずが治療薬に

脂肪や親知らずが治療薬に? 進む体性幹細胞の再生治療

自分の体の中に存在し、骨や神経など特定の組織を再生する能力を持つ体性幹細胞(組織幹細胞)を利用した臨床研究が、iPS細胞やES細胞に先行している。

体内に存在、iPS・ES細胞研究に先行
幹細胞は、体を構成する様々な細胞に変化する分化能と、自分と同じ細胞に分裂できる自己複製能を併せ持つ。
中でも、受精卵の中にある細胞を取り出して作るES細胞や、皮膚など体の細胞に遺伝子を導入して作るiPS細胞は、体の中のどんな細胞でも作り出せ、多能性幹細胞と呼ばれる。

一方、幹細胞のうち、体の中に元々存在し、決まった組織や臓器の中で働くのが体性幹細胞だ。
傷ついて古くなった細胞を入れ替えたり、病気やけがで失われた細胞を新しく補ったりする役割を担う。
体性幹細胞には、赤血球や白血球などの血液をつくる造血幹細胞、神経系をつくる神経幹細胞、骨や軟骨、脂肪などへの分化能がある間葉系幹細胞などがある。
 
幹細胞の機能を使った再生医療では、安全性の評価などに課題があるiPS細胞やES細胞に比べ、体性幹細胞の研究が実用化に近づいている。
 
札幌医大の研究グループは2014年、脊髄を損傷した患者に、自分の骨髄液から分離した間葉系幹細胞を静脈内に投与して神経を再生させる臨床試験(治験)を開始。
神経や血管系に分化する能力を持つ間葉系幹細胞は骨髄細胞の中に0・1%程度含まれる。
これを1万倍に増やし細胞製剤にして点滴すると、患者の体内で傷ついた神経に細胞が集まり、その働きを取り戻すことが期待されている。

国は16年に「高い有効性を示唆する結果が出ている」として、承認審査の期間を短縮する「先駆け審査指定制度」の対象に指定し、治験も終了。
同大は、骨髄の間葉系幹細胞を脳梗塞患者に静脈投与し、後遺症の軽減を目指す治験も進めている。

他人の幹細胞も活用
ただ、患者自身の幹細胞を使う方法は、摘出する際に体へ負担がかかり、培養に時間やコストがかかる問題もある。
そこで、他人の良質な幹細胞を大量に培養し、必要な患者の治療に使う方法も研究されている。
 
東海大の佐藤正人教授(整形外科学)は、ひざの軟骨がすり減る変形性膝関節症の8人を対象に、患者自身のひざから取りだした軟骨細胞を培養したシートを患部に貼り付け、軟骨を再生させる効果が全員にあったことを確認した。
細胞シートが特殊なたんぱく質などを出して、ひざの骨にある骨髄由来の間葉系幹細胞を活性化し、軟骨が再生すると考えられるという。
 
今年2月からは、先天的に指が6本ある多指症の赤ちゃんから、手術で切除した指の軟骨の提供を受け、細胞シートに培養して患者に移植する臨床研究を始めた。
同教授は「軟骨は他人の細胞でも拒絶反応が起こりにくい。乳児の細胞は増殖能力が高く、修復を促す成分も多い」と話す。
 
抜歯後に捨てられていた「親知らず」が歯周病の治療に役立つ可能性も見えてきた。
 
東京女子医大の岩田隆紀准教授(歯周病学)は歯の根と周囲の骨(歯槽骨)の間にある歯根膜に着目した。歯根膜は間葉系幹細胞が豊富に存在し、骨の再生を促す役割があるが、歯周病の患者では部分的に失われている。
 
そこで、抜歯した親知らずから歯根膜を採取して培養した細胞シートを歯の根元に移植し、骨の欠損部に一緒にいれた骨補填材(リン酸カルシウム)が骨に置き換わって周囲の骨を再生させる方法を考えた。

重い歯周病10人を対象に患者自身の親知らずを使った臨床研究では、骨が平均で約3ミリ回復した。
すでに、20代前半の健康な人の親知らずから細胞シートを作り、患者に移植する研究の準備を進めている。
 
同准教授は「1本の歯から約1万人分のシートができる。大量生産することでコストの大幅な削減が見込める」と言う。

産業化の動きも
再生医療の「治療薬」はごく一部で商品化されているが、研究の多くは安全性や有効性の確認を進めている段階だ。
 
ロート製薬と新潟大の寺井崇二教授(消化器内科学)は7月、他人の脂肪組織に含まれる幹細胞を培養し、肝硬変の患者に点滴する治験を開始すると発表した。
肝硬変は、肝臓の組織が炎症を繰り返して硬くなる「線維化」を起こす。
マウスの実験で、脂肪由来の幹細胞を投与すると線維化が改善したため、治験をすることになった。
 
同教授は「脂肪の採取は体への負担が比較的軽く、美容整形などで余っているものが入手しやすい」と話し、20年度の承認を目標としている。
 
沖縄県は今月、再生医療の産業化を進める目的で、「脂肪幹細胞ストック事業」を琉球大などに委託することを決めた。
琉球大医学部や再生医療ベンチャーのセルソース(東京都)の加工施設で、医療機関から提供された脂肪組織から幹細胞を抽出し、長期的にストックする技術を構築することを目指す。
 
琉球大の清水雄介特命教授は「脂肪幹細胞の性質は個人ごとに大きな差があり、治療に適したものを選ぶ方法も確立していない。まず多くの細胞をストックして、個人ごとの異なる性質を解析することが不可欠だ」と課題を挙げる。

治療法確立の分野も
体性幹細胞による再生医療としてすでに治療法が確立しているのが、白血病などの治療における造血幹細胞移植だ。
抗がん剤放射線治療によって骨髄の造血機能が損傷した患者に、正常な造血幹細胞を移植して回復させる。
 
骨髄液を採取して患者に移植する骨髄移植は1970年代に開発された。
造血幹細胞はほかにも、特別な薬を投与すると全身の血液に流れ出す末梢血幹細胞や、赤ちゃんと母親を結ぶ臍帯(へその緒)と胎盤の中に含まれる臍帯血にも含まれており、それぞれ移植に使われている。

 
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参考・引用
朝日新聞・朝刊 2017.8.27