不妊治療、どう区切り?

不妊治療、どう区切り? 人生の新しい一歩へ 夫婦で立ちどまる時間 当事者同士が交流

不妊に悩む夫婦は多い。
体外受精など、高度な生殖補助医療を受ける人も増えているが、不妊治療は心身や経済的にも負担が大きいだけに、治療を受け続けることだけがいいともいいきれない。
どう区切りをつけ、新しい一歩を踏み出せばいいかは、当事者にとって大きな課題となる。

「迷っていい、立ち止まっていい。あなたらしい生き方を見つけてください」
埼玉県に住む主婦のKさん(47)は会場の聴衆にこう語りかけた。
11月中旬、不妊の当事者を支援するNPO法人Fine(ファイン、東京・江東)が名古屋市で開いたイベントでのことだ。
不妊治療で子どもを授かった人と夫婦2人で歩んでいる小宮さんがそれぞれ体験を話した後、参加者が交流を深めた。
 
小宮さんは34歳から医療機関で治療を始め、37歳から体外受精に進んだ。
採卵は20回以上。
「これまでかけてきた時間もお金も無駄にしたくない。やめるのが怖い」。
妊娠したかどうか判定日のたびにひどく落ち込んだ。
「やめてもいいんじゃないか」という夫に反発したこともあった。
 
治療に終止符を打ったのは44歳。
「始めた時よりやめる決断のほうが難しく、時間が必要だった。どんな人生でも、これしかないと思うととても苦しくなる。どんな人生を選んでもいい」とKさん。
多くの人が聞き入った。
 
日本生殖医学会は11月上旬、市民向け公開講座のテーマに不妊治療からの「卒業」を取り上げた。
医療技術が進歩すればするほど、「今度こそ」と思い、やめどきを考えるのが難しくなっていることが背景にある。
こうした講演会や、当事者が交流できるイベントは悩む人がこれからを考える手助けになる。
 
それは決して容易ではないが「自分たちの幸せは何なのか、どう生きていきたいのか。治療でへとへとになる前に夫婦で立ち止まって考えてほしい」とFineの理事長、Mさんは話す。
 
Mさんが勧めるのは立ち止まる節目を、あらかじめ「年1回」などと決めておくことだ。
その節目が来たら、頑張ってきたことを振り返り、これからを考える。
「大事なのは2人でよく話すこと。面と向かって話すのに照れがあれば、メールでやりとりしてもいい。カウンセリングを受けることも思いや考えを整理するのに役立つ」

産婦人科医師で慶応大学名誉教授のYさんは「43歳でいったん立ち止まってみては」と勧める

国による不妊治療の助成制度の対象年齢は、4月から女性が43歳未満となった。
Yさんは制度の見直しの検討会で座長を務めた。
 
医学的には40歳を過ぎると妊娠・出産の可能性は大きく下がっていくことなどが見直しの根拠とされた。
「医師として医学的なデータは丁寧に説明する。ただその数字をどうとらえ、どう決めるかは夫婦次第」とYさん。
 
不妊治療の当事者同士によるピア(仲間)カウンセリングもある。
Fineでは独自にピア・カウンセラーを認定している。
大阪府の女性(51)はその一人。
37歳で結婚、すぐに不妊治療を開始。
2回目の体外受精で双子を妊娠したが流産し、42歳でも再び流産した経験を持つ。
自分の気持ちをどう整理していいのか、心の置き所が分からなくて心理の勉強を始めた。
「同じような悩み、苦しみのある人が話せる場所があれば」と活動する。
 
治療を終えると決め、実際にやめるまでには時間がかかる。
多くの涙が流れることもある。
だが、経験を通してかけがえのない自分に気づき、新しい人生への一歩を踏み出す人もいる。
 
東京都のIさん(54)は行政書士としての知識をいかし、「遺言」を作っておく大切さを落語に仕立て、講演で全国を回っている。
35歳で結婚、45歳で治療を終えた。
治療のため以前の仕事をやめたが、時間ができて、落語や行政書士の勉強を始めることにつながったという。
「つらい時期だったが、自分の人生にとって大切な時間だった」と振り返る。
 
東京都在住の女性(51)は37歳で治療を始め、46歳で終えた。
今は趣味のスポーツや自然保護活動などに打ち込む。
「治療をやめたからといって不幸になるわけではない。決めるのは自分自身」だ。

夫婦の2割、検査・治療
国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査(2015年)によると、不妊を心配したことがある夫婦は35%、3組に1組の割合だ。治療や検査を受けた夫婦は18.2%だった。
 
高度な不妊治療である体外受精で生まれる子どもの数も増えている。
日本産科婦人科学会のまとめでは、14年は過去最高の4万7322人だった。日本で生まれた子どもの21人に1人にあたる。
 
国は「ニッポン一億総活躍プラン」で不妊治療の支援を明記した。
19年度までに「不妊専門相談センター」を全都道府県や政令指定都市などに設置する計画。就労と不妊治療とを両立しやすい環境整備も進めるとしている。


やめどきを考えるヒント5ヶ条
◯ 立ち止まる節目をあらかじめいくつか決めておく
節目には頑張ってきたことを認め、将来のビジョンを再検討する
◯ 夫婦のコミュニケーションをよくとる
◯ 抱え込まない
  カウンセリングや交流会などが助けになることも
◯ 正しい情報を得る
 医療情報のほか、養子など人生の選択肢もあることを知る
ロールモデルを探してみる
 100組の夫婦がいれば100の幸せの形がある

参考・引用
日経新聞・夕刊 2016.11.22