ゲノムの人工合成、開発加速

ゲノムの人工合成、開発加速 生物テロのリスクも

生物のゲノム(全遺伝情報)を人工合成する技術の開発が国内外で進みつつある。
合成の費用を10年で千分の1にする計画も始まった。
ただ、医学や農業などに役立つ一方で、生物兵器バイオテロへの悪用も懸念されている。
この技術にどう向き合うべきか、議論を急ぐ必要がある。

費用 10年で1000分の1に
天然痘ウイルスを1千万円で合成できる可能性が示された・・・。
ゲノムの人工合成と生物テロ防止など「バイオセキュリティー」について話す集会が先月、京都市で開かれた。
「細胞を創る」研究会と、内閣府の研究支援制度「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」のプロジェクトとの共催。
人工細胞作りなどをめざす合成生物学者が参加した。
 
議論のきっかけとして提示された話題の一つが、「天然痘ウイルス」だった。
カナダのアルバータ大と米製薬会社が「馬痘ウイルス」の人工合成に成功したと米科学誌サイエンスなどが7月に報じた。
馬痘ウイルスでできたなら、ヒトを死に至らしめる恐れが高い天然痘ウイルスも、同じ方法で合成できるはずだ。
 
アルバータ大チームは、がんの治療法や新しいワクチンの開発を目的に研究を進めた。
馬痘ウイルスの遺伝情報を多数の断片配列にして、ドイツの会社にDNA合成を注文。
このDNA断片をつなぎあわせて細胞に入れ、馬痘ウイルス粒子を作った。
 
ウイルスができるまで半年程度、費用は約1千万円。
基本的な技術は、2002年に論文発表されたポリオウイルスの人工合成と同じだ。
ただし、DNAを構成するゲノム(全遺伝情報)の大きさはポリオウイルスの約30倍。
02年当時は困難とみられていたが、技術の進歩によって合成が可能になった。
 
DNA合成技術は今後さらに急速に進歩しそうだ。
費用を10年で千分の1に下げる目標を掲げる「ゲノム計画―ライト(Write)」を昨年米国の研究者らが提唱し、国際コンソーシアムができた。
今年5月の会議に参加した東工大のA准教授(ゲノム学)は「今の費用は1塩基あたり約10円で、ヒトゲノム合成に約600億円かかるが、10年で6千万円にする計画」という。
 
計画では、ゲノムを設計・作成して細胞に入れ、狙った働きをするか評価した上で設計法を改善する。
これを繰り返す過程で必要な技術を探る。
ゲノムの働きの解明やゲノム合成を応用した革新的なものづくりにつなげる。
 
日本でも内閣府の研究支援制度「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」のプロジェクトでゲノム合成技術の開発が進む。
立教大のチームは、ゲノムを試験管で増幅する技術を開発した。
大腸菌などの生物を利用していたこれまでの方法では難しい配列でも増やせるのが特徴で、正確かつ大量に増やせるという。

テロのリスク現実的に チェック体制を

DNA合成技術は、様々な産業への応用が期待されている。
その一方で、コストが下がれば、潤沢な資金や立派な設備がなくても病原体を合成できる可能性がある。
「これまではSFの話だったが、悪用のリスクを現実的な問題として考える時期に来ている」と東京大の某教授は話す。
 
バイオセキュリティーの取り組みが先行しているのは、米国だ。
 
バイオセキュリティーに関する国家科学諮問委員会が、技術の誤用や悪用が公衆衛生や安全保障の脅威となる懸念のある研究について助言を行っている。
米大統領生命倫理評議会も、合成生物学の研究を推進する重要性を説く一方で、倫理教育や説明責任、リスクの定期的な評価などについて勧告をまとめている。
 
一方、日本では、まだ組織的な取り組みは進んでいない。
防衛医大のS教授は、「研究の自由が守られる必要はあるが、何らかのチェック体制は必要」と指摘する。
 
「今は簡単に誰でもDNA合成を依頼できる。合成会社は、注文を受ける際に、病原体の配列を含む場合は研究の目的を尋ねるなど、何らかのスクリーニング体制が必要ではないか」と東京大のT講師。
医学やバイオ燃料など様々な研究に役立つメリットとリスクとをてんびんにかけ、研究者だけでなく社会で広く議論していく必要がありそうだ。

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参考・引用
朝日新聞・朝刊 2017.11.16