人の中にウイルス遺伝子

人の中にウイルス遺伝子 祖先が感染、DNAに混入/発病防ぐことも

我々のDNAには、もともとウイルスの遺伝子だったものが約8%も混ざっているという。
大昔に祖先が感染した際に取り込まれたとみられる。
これらの中には、ウイルス感染や発病から体を守る遺伝子もあることがわかってきた。

人間のDNAに、なぜウイルスの遺伝子が約8%も紛れ込んだのだろうか。
 
我々の遠い祖先の時代に大流行したウイルスの遺伝子が、卵子精子の元になる細胞に入り込み、親から子へと遺伝するようになったと考えられている。
 
そして、DNAに入り込んだウイルスの遺伝子が消え去らずに代々受け継がれてきたのは、そのほうが何らかの理由で生存に有利だったためとみられている。
 
DNAに潜むウイルス由来の遺伝子は「内在性ウイルス」と呼ばれる。
初めて見つかったのは1960年代。
ニワトリに白血病を起こす「レトロウイルス」だった。
レトロウイルスには様々な種類があり、エイズウイルスなどもこの仲間だ。
 
レトロウイルスには、自分が作った遺伝子を、感染した細胞のDNAに差し込むという性質がある。
だが、感染したことのない個体からもこのウイルスがつくるたんぱく質が見つかり、生まれつき受け継いだものと分かった。
 
その後、マウスやサル、ヒトなど哺乳類でも、内在性ウイルスが見つかったが、いずれもレトロウイルスだった。
 
そうした中、京都大のグループが2010年、レトロウイルス以外でもこうした現象が起きていることをヒトやネズミで発見した。
 
「ボルナウイルス」という種類で、ドイツなどで古くから知られるウマの風土病「ボルナ病」を起こす。
ボルナ病は国内でもウシやウマ、イヌ、ネコなどで年に数例見つかるという。
    
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内在性ウイルスが、動物のDNAの中に入り込んだ時期はいつなのか。
 
ボルナウイルスの場合、マウスやラットの祖先では2000万年前、人類など霊長類の祖先では4000万年から4500万年前、アフリカのゾウなどの祖先では8300万年前と推定される。
複数の種でDNAの同じ場所にウイルスの遺伝子があれば、それらの種の共通祖先に入り込んだ証拠といえる。
 
ボルナウイルスの遺伝子を持つヒトやマウスなどの動物は、ほとんど感染しないか、感染してもボルナ病にならない。
 
その一方で、このウイルスの遺伝子を持たないウマやウシなどは、歩行異常や起立障害を起こし、死に至る場合もある。
 
DNAに含まれるウイルス由来の遺伝子は、このウイルスへの抵抗力になるらしい。
 
その理由は、この遺伝子が作る、ウイルスの遺伝情報が書かれた「RNA」の断片や、不完全なたんぱく質にある。
こうしたRNAや「ガラクタのような部品」が、同じウイルスが細胞に入ってきたとき、その増殖を抑えることを、この京大の研究グループは突き止めた。
 
レトロウイルスでも感染や発病を防ぐ同様の仕組みが知られている。
 
近畿大の研究グループは、マウスの白血病を起こすレトロウイルスで、別な仕組みを見つけた。
内在性ウイルスが、レトロウイルスがDNAをつくるのを妨げるたんぱく質の生産性を高めているという。
 
DNAに入り込んだレトロウイルスの遺伝子が、レトロウイルスの複製を阻害する。
自縄自縛だ。
    
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ウイルス由来の遺伝子は、動物をウイルス病から守ってくれることがある。
だが逆に、その存在が病気の原因になるケースもあることが分かってきた。
 
全身の臓器が侵され、腎炎や皮膚炎などになる「全身性エリテマトーデス」(SLE)という難病がある。
外敵から身を守るはずの免疫が自身の体を襲う自己免疫疾患の一つだ。
米国の歌手マイケル・ジャクソンさんもかかっていたとされる。
近畿大の研究グループは、この難病によく似た症状を起こすマウスについて調べ、ウイルス由来の遺伝子が作るたんぱく質に免疫が反応することで、血管が破壊されたり、腎炎が起きたりすることを突き止めた。
 
人間ではまだこうしたメカニズムは確かめられていない。
だが、関節リウマチや、脳などの神経が冒されて手足のしびれや視力低下が起きる「多発性硬化症」などの自己免疫疾患で、実は内在性ウイルスが関わっている可能性があるという。
今後さらに研究が進めば、将来は自己免疫疾患の新たな治療法につながるかもしれない。
 
我々の体には、過去に感染したウイルスのたんぱく質を記憶して、2度目に来ると速やかに撃退する免疫の能力がある。
だが、免疫は1代限りで遺伝しない。
例えば、親がはしかに免疫があっても、子どもははしかにかかる。
これに対して、ウイルス由来の遺伝子が生み出す抵抗力は、生まれつきのものだ。
 
人類のDNAには、祖先が感染した未知のウイルスが眠っているかもしれない。
それを利用できれば、ウイルスと戦う新たな手段になるのではないか。

<ゲノム編集に応用> 
細菌のDNAでも、先祖が感染したウイルスの遺伝子の一部が取り込まれていることがある。
この細菌が同じウイルスに感染した際、ウイルスの遺伝子を壊す防御機構になっている。
この仕組みは、特定の遺伝子を壊すゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」に応用され、広く使われている。

参考・引用一部改変
朝日新聞・朝刊 2018.1.14