遺伝子狙う核酸医薬とは?

遺伝子狙う核酸医薬とは?

核酸医薬と呼ばれる薬が注目されている。
従来の薬の多くは、病気の原因となるたんぱく質の働きを邪魔するが、核酸医薬はたんぱく質の完成前に遺伝子に作用し、治療につなげる。
製薬各社で開発が進み、国内で使える薬も増えそうだ。

筋力低下する難病 治験で効果
全身の筋力が低下する難病「脊髄性筋萎縮症」(SMA)は、生後半年までに症状が出る最重症型だと、自力で座ることが難しく、呼吸も困難になる難病だ。
先天性で、人工呼吸器なしでは生命が脅かされる。
出生2万人あたり1人前後の割合で発症するとされる。
 
長く治療法がなかったが、今夏に核酸医薬「スピンラザ」が登場し、状況が変わった。
 
日本人も参加した2014年夏からの国際治験で、定期的に投与された乳児の半数以上で運動機能が向上。3分の1は寝返りを打ち、約1割は自力で座れるまでになった。
治験に協力した兵庫医科大小児科のT教授は「明らかに運動機能が安定した」と語る。
 
スピンラザの特徴は、たんぱく質を作る遺伝子そのものに作用する点だ。
 
たんぱく質が作られる際には、細胞内のDNAから必要な部分をRNAに書き写す「転写」が起きる。
例えると、たんぱく質の「設計図」を作るために必要な本を巨大な書棚から取り出し、コピーする作業だ。
 
続いて、転写されたRNAから不要な「イントロン」が捨てられ、必要な情報が記された「エクソン」だけがつなげられる。
この「スプライシング」と呼ばれる編集作業を経て、RNAはたんぱく質の設計図として完成する。
 
SMA患者の多くは、筋肉を動かすためのたんぱく質を作る遺伝子に異常がある。
そこでスピンラザは、同じたんぱく質をわずかながら作るよく似た遺伝子のRNAに付着。
スプライシングの際、必要なエクソンが抜け落ちるのを防ぎ、より多くのたんぱく質を作るよう促す。
 
別の治験も良好で、国内では今秋、生後半年以降に症状が出た患者にも対象が広がった。

分解されにくい技術で開発本格化
医薬品の開発を巡っては長く、アスピリンなど「低分子薬」と言われる化学合成で製造されるものが使われてきた。
その後、がんの治療薬オプジーボのように特定のたんぱく質だけに作用し、構造が複雑な抗体医薬などが登場した。
 
核酸医薬は低分子薬のように規格化や品質管理がしやすく、主に特定のRNAに作用する点で抗体医薬のように高い効果が見込める。
両者の長所を併せた次世代の薬として注目される。また抗体医薬が主に細胞膜や細胞外に出たたんぱく質を狙うのに対し、核酸医薬は細胞内でたんぱく質が完成する前に働くので創薬の幅も広がる。
 
研究が始まったのは1970年代後半。
塩基や糖、リン酸で構成されたDNAやRNAなどの「核酸」をつないだ化合物を人工的に作り、RNAに付着させ、たんぱく質の生成を妨げようと考えられた。
 
98年には米国で初承認された。
しかし以降、体内で分解されやすいなどの課題からあまり広がりは見られなかった。
だが近年、化合物の構造を変える「化学修飾」と呼ばれる技術が進歩。
リン酸の酸素原子を硫黄原子に変えて分解されにくくし、糖の構造を変えて狙ったRNAにぴったり付くような合成が可能になった。
 
米国では2013年に全身投与でも効果がある、RNAを分解するタイプの家族性高コレステロール血症治療薬が登場。
昨年はスピンラザなど2薬が相次いで承認された。
 
国立医薬品食品衛生研究所の遺伝子医薬部第2室長は「核酸医薬は化学修飾の発展と、RNAレベルで病気の仕組みがわかってきたことで開発が一気に進み、国内外の製薬会社が続々と参入している」と話す。
特許庁の15年秋時点の調査によると、治験中の核酸医薬は約140種類、うち約20種類は最終段階だ。特にがんや治療法がない難病での開発が目立つ。

筋ジスの新薬も
国内で新薬登場が近そうなのが、根本的な治療法がない筋ジストロフィー
国立精神・神経医療研究センターと日本新薬が共同で開発中だ。
 
対象は「デュシェンヌ型」と呼ばれる最重症型。
徐々に筋力が低下し、10代前半で歩けなくなる。
患者は遺伝子異常で筋肉の構造を支えるたんぱく質が作れない。
開発中の薬はスプライシングの段階で異常部分を取り除き、正常に近いたんぱく質を作れるようにする。
患者対象の治験中で、来年度の承認申請を目指す。国内では第一三共も同様の薬の開発を進める。
 
同センター神経研究所のA室長は「核酸医薬は今後次々に出てくるだろう。この仕組みを多くの病気の治療に応用していきたい」と話す。
 
スピンラザは、1回の投与で費用が約932万円。
医療費助成で患者負担は少額とはいえ、対象患者が少ないために高い薬価となった。
国立衛研では「核酸医薬は開発技術さえ確立すれば比較的短時間で開発できる上、合成技術の進歩で薬価は下がっていくだろう」とみる。

発見と創薬結びつく
たんぱく質の設計図が作られる過程の「スプライシング」。
その仕組みの発見者の1人が米国の研究者フィリップ・シャープ氏で、1993年にノーベル医学生理学賞を受賞した。
実はシャープ氏はスピンラザを開発した米バイオジェン社の創業者の1人だ。
創業者の発見が創薬に結びついたことに、バイオジェン・ジャパンメディカル本部の医師は「研究をラボで終わらせるのではなく、役立つ薬にしてこそ意味があるという創業者たちの思いで意義深い」と話す。
同社は認知症などの核酸医薬の開発も進めている。

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参考・引用
朝日新聞・朝刊 2017.10.29