「CAR-T」免疫細胞療法

血液のがん、7~9割に効果 「CAR-T」免疫細胞療法

米国で承認された「遺伝子改変T細胞療法」と呼ばれる新しいがんの治療法が注目を集めている。
血液のがんの一種を対象にした治験では1回の点滴で7~9割の患者で体内からがん細胞がなくなり、専門家らを驚かせた。
価格を約5000万円に定めたことも話題になった。
効果も価格も常識破りのがん新治療は、日本でも近く実用化される見通しだ。
 
米国で8月に承認されたのは、患者自身のT細胞と呼ばれる免疫細胞に、がん細胞を攻撃する遺伝子を組み込んで使う治療法の一種「CARーT細胞療法」だ。
スイスの大手製薬会社ノバルティスが世界に先駆けて開発した。
 
このCAR―T細胞療法は開発段階で、従来の治療では数カ月しか生きられないと診断されたがん患者の7~9割が1年以上生き延び、注目を浴びた。
驚異的な結果で世界が驚いた。
 
米国での承認は、血液中のB細胞と呼ばれる免疫細胞ががん化する「B細胞性急性リンパ芽球性白血病」で、25歳以下の患者が対象。
日本では子ども10万人あたり数人が発症する。
抗がん剤が標準的な治療だが再発を繰り返すタイプでは、患者の6~9割が発病して数カ月で亡くなる。
 
効果が高いのはヒトが本来もっている免疫の優れた仕組みを巧みに利用するためだ。
T細胞は免疫細胞の一種で、ウイルスに感染した細胞などを異物として認識、異物がなくなるまで徹底的に攻撃し続ける。
しかしがん細胞はウイルスと違い、自分の細胞ががん化してできるため異物として認識しにくかった。
 
そこで、遺伝子改変技術を使ってがん細胞を異物と認識するCAR―T細胞が開発された。
T細胞の表面にがん細胞にくっつく抗体というたんぱく質を備え、抗体の裏側に異物を知らせるたんぱく質と攻撃を仕掛ける命令を送るたんぱく質などを連ねた。
この細胞を米ペンシルベニア大学が初めて臨床応用。
点滴で患者の血管に入れると血液に乗って体の中を巡り、がん細胞を発見すると体内からなくなるまで攻撃し続ける。
 
ただ、今回承認されたCAR―T細胞は、がん細胞と正常なB細胞を両方攻撃してしまう。
患者はB細胞が分泌する物質を点滴で補充する必要があり、CAR―T細胞が体内にある限り数年以上続く。
それでも余命数カ月とされた患者の多くに完治への道を開いたのは衝撃的だった。
 
免疫の力を使ってがんを攻撃する治療法では、「オプジーボ」など免疫チェックポイント阻害剤も注目を集める。
こちらはがんを攻撃するT細胞のブレーキを解除し、攻撃力を高める仕組みだ。
一部の患者には劇的に効く一方、患者の7割には効かないなどの問題があった。
 
世界初のCAR―T細胞療法は米国で約5000万円という価格になった。
これほど高額な理由は2つある。
1つ目は患者自身の細胞を使うため、大量生産によるコスト削減が難しいためだ。
 
治療では患者から血液中のT細胞を採取し、厳密に管理された細胞加工施設でウイルスを使ってCAR遺伝子を導入、培養して数を増やし患者に投与する。
他人のT細胞はまだ使えない。投与の前には病気を引き起こすウイルスがないか、狙い通りに遺伝子改変できたかなど、患者ごとに検査も必要だ。
 
理由の2つ目は特許だ。
CAR―T細胞はT細胞に3種類の遺伝子を導入し、特殊な培養技術も用いる。
多くの場合それぞれ別の発明者が特許を持つため、ノバルティスも権利者に相当の特許使用料を支払っているとみられる。
 
ノバルティスは今後、日本でも同じ治療法を使えるよう、承認申請する考え。
日本勢ではタカラバイオが2020年度の実用化を目指し治験を進めている。
小野薬品工業第一三共武田薬品工業もこの分野に参入した。
他のがんに広げるため、それぞれのがん細胞につく抗体を見つける研究も進められている。
 
コスト削減のためには他人の細胞を使って大量生産する方法が期待されている。
日本では京都大学が、それぞれiPS細胞の技術を使ってがん細胞を攻撃するT細胞を大量生産する技術を開発中だ。
世界に先駆けて安価な治療法が日本から生まれるか、今後も目が離せない。

参考・引用
日経新聞 2017.12.7