胸焼けがつらい「逆流性食道炎」

胸焼けがつらい「逆流性食道炎」、将来の食道がんの心配は?

ピロリ菌の除菌が症状悪化の原因にも
胃酸がこみ上げる、胸がムカムカする、胸が焼けるようにジリジリする・・・こんな症状の原因となる病気に「逆流性食道炎」がある。
一般に「胸焼け」といわれる不快感は、胃酸を多く含む内容物が胃から食道へ逆流することによって起こる。
たかが「胸焼け」といえども、放置すると難治化することもあるという。

胃酸の逆流で食道粘膜に炎症、症状はないことも
まず逆流性食道炎は、胃酸がこみ上げて、胸焼けのような症状を起こす病気、という解釈で合っているだろうか。
そのようなイメージを持つ人も多いが、実際には、逆流性食道炎でも胸焼けなどの自覚症状がない場合もある。
ポイントは、胃酸(胃液)などの内容物が逆流した結果、食道の粘膜がただれ、炎症が起きているということだ。
自覚症状は、あったりなかったりする。
 
一方、胸焼けなどの症状があり、逆流は確認できても、内視鏡検査で食道の粘膜に炎症や潰瘍などが見つからない場合は、「非びらん性胃食道逆流症」(Non-Erosive Reflux Disease : NERD)と呼ばれる。
両者の共通点は、
(1)胃の内容物の食道への逆流があり、
(2)「胸焼けなどの自覚症状」と「食道粘膜の炎症」のいずれかまたは両方が認められること、
だ。
この2つをまとめて「胃食道逆流症」(GastroEsophageal Reflux Disease:GERD)という。

胃食道逆流症の症状は、胸がムカムカする、焼けるようにジリジリする、といった症状だけにとどまらない
。酸っぱいものが口の中までこみ上げてきたり(呑酸、どんさん)、食後に胸や背中が痛むこともある。
咳が止まらず、喘息かと思っていたら、実は胃食道逆流症が原因の咳であったという事例もある。
まさか胃液の逆流が原因だとは思わず、耳鼻咽喉科や呼吸器内科を受診して、なかなか正しく診断されないということも少なくない。

加齢や肥満、脂肪分のとりすぎのほか、ピロリ菌除菌も影響
では、なぜ食道への逆流が起こるのだろうか。
食道と胃のつなぎ目から4~5cm上の部分には「下部食道括約筋」という筋肉があるのだが、この筋肉は普段はギュッと閉じていて、食べ物が口に入り、胃に向かって下りてきたときだけ開く仕組みになっている。
食べ物が胃に運ばれると、下部食道括約筋は再び閉まり、胃から食道への逆流を防ぐが、この筋肉の働きの不具合によって、胃の内容物が逆流しやすくなる。
 
この「不具合」の背景には、加齢のほか、生活習慣が大きく影響する。
脂肪分の多い食事やアルコールは下部食道括約筋の機能を低下させ、緩みやすくする。
また、チョコレートやケーキなどの甘味料が多く使用されているもの、酢やオレンジジュースなどの柑橘系または香辛料など刺激が強いもの、紅茶・コーヒー・緑茶などカフェインを含むものは、胃酸分泌を促すため、やはりとりすぎは控えるのがよいとされている。
 
特に、気をつけたいのが肥満だ。
肥満によって腹圧が上がり、胃液がより逆流しやすくなる。
腹圧については、肥満に限らず妊娠・出産後の女性も注意が必要だ。
 
また「食道裂孔ヘルニア」が原因で逆流が起こることもある。
食道は胃、十二指腸、小腸、大腸へとつながっているが、食道と胃を隔てるのが横隔膜。
横隔膜には食道裂孔という穴(孔)が開いており、そこを食道が胃に向かって貫通している。
この横隔膜の穴が緩み、腹圧が上がったりして胃が上にはみ出すと「食道裂孔ヘルニア」になる。
このヘルニアが原因となって逆流が起こるのだ。

ところで胃食道逆流症は、日本で増えているのだろうか。
逆流があっても症状がない人は医療機関に行かないことが多いので、正確な患者数は不明だが、診療に訪れる患者さんは増えている。
その理由は、食生活の欧米化や運動不足による肥満の増加、高齢化、さらに現代社会のストレスフルな生活スタイルも大きな要因だ。
ストレスは胃酸分泌を高めるため、逆流を招きやすい。
 
加えて、患者数の増加には胃がん予防のためのピロリ菌を除菌する人が急増したことも大きく影響している。
ピロリ菌が胃に感染すると、胃粘膜が萎縮し、胃酸分泌が減少する。
胃酸が減ることは、胃食道逆流症の症状という意味ではプラスに作用すると言える。
ピロリ菌を除菌すると、胃酸の分泌が促進されるようになり、逆流が起こりやすくなる。
このように、ピロリ菌除菌と胃食道逆流症は、表裏一体の関係にある。
 
ピロリ菌を除菌すれば、胃がんのリスクは減るが、胃食道逆流症状が増悪する可能性がある。
ピロリ菌の除菌治療を受ける際は、こうしたメリット・デメリットを踏まえて、医師としっかり相談する必要がある。

治療の基本は「PPI」や「H2ブロッカー
ところで逆流性食道炎の症状があったら、すぐに病院を受診したほうがよいのだろうか。
そして医療機関ではどのような治療が行われるのか。

まずは市販の薬を飲んで様子を見てもいい。
数日たっても治まらないなら、専門医に相談しよう。
もし、人間ドックなどでたまたま逆流性食道炎が見つかって、特に困った症状がない場合は、あわてて治療する必要はないとしても、定期的に経過観察を受けたほうがいい。
 
医療機関での治療は、多くの場合、「胃酸分泌抑制薬」のプロトンポンプ阻害薬(Proton Pump Inhibitor、以下PPI)を、診断を兼ねて服用する。
2~4週間、低用量で使って、改善すれば胃食道逆流症の可能性が高いということになる。
 
正確に診断するためには、内視鏡検査を行う。
下部食道粘膜に炎症があれば「逆流性食道炎」と診断され、薬物療法を開始する。
ただし、内視鏡検査で炎症が見つからなくても、「非びらん性胃食道逆流症(NERD)」の可能性もあり、この場合は、内視鏡検査では診断できないため、逆流の有無を確かめるために、pHモニタリング検査を行うことがある。
pHモニタリング検査で逆流が確認できなければ、「機能性ディスペプシア」を疑う


参考
pHモニタリング検査
約2mmのカテーテルを鼻から胃へ挿入し、24時間装着して逆流の状況を調べる検査。
カテーテルに複数のセンサーがついていて、食道のpHが下がって酸性になっていないか、どのくらいの頻度・程度で逆流があるのかを見る。
保険診療の範囲内で実施可能。

機能性ディスペプシ
胃酸の逆流や食道粘膜の炎症はないのに、慢性的な胃の不快症状が続く状態。
自律神経や消化管の運動異常、知覚過敏、食生活の乱れやストレスなど原因はさまざま。

では薬物による治療はどう進めるのだろうか。

通常は、胃酸分泌抑制薬(PPIH2ブロッカー)を投与する。
必要に応じて、消化管運動機能改善薬や粘膜保護薬、制酸薬を追加することもある。
多くの患者さんで、胃酸分泌抑制薬の継続投与が必要となる(維持療法)。

その際に気をつけなければいけないのは、長期使用のデメリットです。近年、PPIの長期投与のリスクに関する大規模観察研究の結果が相次いで報告されています。観察研究ですので、因果関係を直接証明したことにはならないのですが、PPIを長期に服用した集団では、そうでない集団(対照群)と比較して、鉄欠乏、ビタミンB12欠乏、骨粗しょう症・骨折、認知症、慢性腎臓病そして死亡リスクが有意に高かった、と報告されています。
 腸管感染症のリスクを高める、との報告もあります。本来、胃が強い酸を分泌するのは、飲食物を殺菌するためです。PPIによって胃酸分泌が抑制されると、殺菌作用は低下します。胃食道逆流症の症状を抑えることと引き換えに、抵抗力や免疫力が落ちている高齢者などでは、感染症のリスクが高まる可能性があります。
 PPIは、基本的には、多くの患者さんにおいて、胃食道逆流症に伴う症状を劇的に改善させ、QOL(生活の質)を高める、非常に優れた薬ですが、こうした潜在的なリスクについても理解した上で、主治医の先生とよく話し合いながら薬物療法を継続することが望ましいと思います。

手術もあるそうですが、どんな手術なのですか。
関 薬物療法の原理は胃粘膜に働きかけて胃酸分泌を抑制することなので、逆流そのものを止めることはできません。そのため、多くの患者さんは薬を長期間、飲み続ける必要があります。一方、外科治療(手術)では、胃と食道のつなぎ目(噴門)に、胃内容物が食道に逆流しないようにするための“防波堤”を作ります。したがって、手術を受けた患者さんの多くは、術後、薬を飲まなくてよくなります。
 外科治療の対象となるのは、食道裂孔ヘルニアがある人に加えて、薬物療法で症状が改善しない人、服薬を中断すると症状が再燃するため長期にわたり内服を続けている人、薬の飲み忘れが多くひどい症状に悩まされている人、薬の副作用により内服ができない人などです。
 具体的には、食道裂孔ヘルニアがある場合には、胸部に飛び出した胃を腹部の本来の位置に戻し、ヘルニアの原因である食道裂孔の隙間を縫い縮めます。さらに、胃の一部(穹窿部)を食道にマフラーのように巻き付けることによって“防波堤”を作ります。手術はお腹に3~5mm程度の小さな穴を開け、その穴を通して腹腔鏡(ふくくうきょう)という内視鏡をお腹の中に入れて行います。われわれの施設では手術時間は1時間半程度で、入院期間は2泊3日です。
逆流を予防するには生活改善が第一
食道粘膜の炎症が、食道がんに進展することもありますか。
関 逆流性食道炎の患者さんの中には、食道の粘膜の一部が胃粘膜(円柱上皮)に置き換わっているケースがあります。食道粘膜が胃粘膜に置き換わった状態は「バレット粘膜」と呼ばれ、特に食道の全周3cm以上にわたってバレット粘膜が存在する場合を「バレット食道」といいます。バレット食道の発生には、長期にわたる酸またはアルカリ逆流が関与していると考えられています。
 欧米ではバレット食道からの食道がん(腺がん)の発生が多く、年間の発がんリスクは約0.4%程度と報告されていますが、日本人を含むアジア人ではバレット食道の発生頻度は少なく、発がんリスクについての正確なデータはないのが現状です。内視鏡検査で「バレット食道」があると言われた人は、定期的に内視鏡検査を受けて、経過を観察することをお勧めします。
日々の生活で逆流症を予防する手立てはありますか。
関 残念ながら、いったん緩んだ下部食道括約筋や裂孔を元通りに締めるような訓練法はありません。ただし、太った人は痩せることで、腹圧が下がり、胃を押し上げる力が減り、薬でコントロールしやすくなります。
 胃食道逆流症を起こさないためには、生活習慣の改善も大切です。甘い物・辛い物、脂っこい物、酸味の強い物を避け、大食い・早食い、お酒、タバコなどはなるべく控える、食後はすぐに寝ころばない、就寝時は枕を高めにするなど、胃の負担となる飲食や習慣を避けることから始めてみるとよいでしょう。

参考・引用
日経グッデイ 2018.1.4