がん治療に新たな地平 効く薬をゲノムで探る

効く薬、ゲノムで探れ がん治療に新たな地平

1月16日、がん治療の総本山といわれる国立がん研究センター(東京・中央)の会議室。
臨床医と研究者らがスクリーンを真剣なまなざしで見つめる。
視線の先にあるのはがんの病巣画像ではなく数字やアルファベットで表示された遺伝子データだ。
「この患者にはきっとこの薬が合うと思う」。
見つかった遺伝子の異常タイプから一番効きそうながん治療薬を選ぶ。

選択肢が狭まった患者に、できるだけ効果の高い薬を提供したい。
がん患者の遺伝情報をもとに最適な治療を選ぶ「がんゲノム医療」。
欧米が先行しており、日本では臨床が始まったばかりだが将来、がん治療の本命になるといわれる。
がんは正常細胞の遺伝子が何らかの要因で傷つき発症するが、どんな異常が起きているかは人によってまちまち。

同じ肺がんでも遺伝子異常には複数のタイプがある。
正常な細胞をも攻撃してしまうかつての抗がん剤と違い、バイオ技術を駆使してできた最近のがん治療薬は遺伝子の違いで薬の効果が変わってくる。
患部が異なっても原因となる遺伝子異常が同じなら、同じ薬が効くかもしれない。
胃や腸などの臓器別の治療から、遺伝子をもとに薬を決める医療へと変わってきた。

日本では毎年100万人超ががんを発症する。
生涯で男性は約3人に2人、女性は約2人に1人ががんになる。
早期発見や画期的ながん免疫薬の登場で6割は治る。
「不治の病」でなくなったが、それでもなお強敵だ。

国は2017年度からの「第3期がん対策推進基本計画」の柱にがんゲノム医療を据えた。
難治がんや希少がん、進行がんの患者のゲノムを調べれば効果の高い治療法が選択でき、がんとの闘いに終止符が打てるかもしれない。

がんゲノム医療をどこの病院でも受けられるようにするには、がん関連遺伝子の検査を保険で使えるようにしなければならない。
現在は遺伝子を調べるだけで70万円以上がかかるが、保険適用で患者の負担も減らせる。
13年から、中央病院で100種類以上のがん関連遺伝子を網羅的に調べて治療方針決定に役立てるための臨床研究がスタートした。
18年4月から遺伝子検査を先進医療として始める計画で、国の承認に必要なデータ集めを急ぐ。
病院の体制整備も動き出した。
17年12月27日、年の瀬にもかかわらず厚生労働省の会議室に医療関係者が100人以上詰めかけ熱気にあふれていた。
がんゲノム医療の中核拠点病院と連携病院の公募が始まったからだ。
今ならまだ、がんゲノム医療で先行する欧米に追いつける。
18年2月までに中核拠点病院を10カ所程度決め、連携病院も3月までに決める予定だ。
4月には全国でがんゲノム医療の臨床研究を始められる体制を整える。

がんゲノム医療は保険の利かない自由診療として一部の病院で始まっている。
16年4月、いち早く独自開発の遺伝子検査を使ったがんゲノム医療が北海道大学で開始された。
その後、2年足らずの間に国立病院機構北海道がんセンター(札幌市)、北斗病院(北海道帯広市)、木沢記念病院(岐阜県美濃加茂市)などで、がん遺伝子外来が立ち上げられた。
さらに長崎大学鹿児島大学など約20施設から連携の申し入れがあり、がんゲノム医療の現場を見学に訪れる医師らが後を絶たない。
18年1月23日、東京都新宿区にある慶大医学部の研究棟で、インターネット会議が開かれた。
相手は遠方にいる臨床医や遺伝子データ解析の専門家らだ。
得られたデータをもとに治療薬候補を選び出す作業は、離れていても可能だ。
欧米では日常の診断の一部として、ほとんどの患者の遺伝子を調べてがんの性格を知る取り組みが浸透する。
簡易で安価な遺伝子検査法も開発され、病理診断の際にがん患者の遺伝子情報も提供する臨床研究が18年夏にも始まる計画だ。

「診断時から遺伝子変化を調べるようにしないと、同じく欧米を追いかける韓国や台湾、中国に抜き去られてしまう」と関係者は警告する。


参考・引用一部改変
日本経済新聞 2018.1.30