ゾウ、がん抑える遺伝子多く

ゾウ、がん抑える遺伝子多く

身長が高いほどがんのリスクが上がる。
その理由としては、体内の細胞の数が多くなるため、がん化する細胞の数も増えるからだというシンプルな説が有力だ。

しかし、ヒトより大きな動物はたくさんいるが、がんが多いとは言えない。
例えばゾウの体重は人の100倍もある。
ヒトの体は37兆もの細胞からできているから、ゾウには3千兆以上の細胞があることになる。

寿命も人間並みなので人よりがんが多いはずだが、米ユタ大学の研究チームによる2015年の発表では、動物園で死んだ644頭のゾウを解剖すると、がんで死亡したのは4.8%に過ぎなかった。
日本人のがん死亡率は男性が25%、女性が16%だから、ゾウのがん死亡率は驚くほど低いと言える。
ハムスターからゾウまで動物園で死んだ36種類の哺乳類を調べた結果でも、解剖時にがんが発見された割合は体重や寿命と関係がなかった。

ヒトでは身長が高いほどがんが増える傾向にあるが、種による体の大きさの差と発がん率は関係しないという事実は「ペトのパラドックス」と呼ばれている。

ユタ大の研究チームは、ゾウにがんが少ないことを示す重要な発見を発表した。
突き止めたのは、ゾウには「ゲノムの守護者」と呼ばれ、がん細胞の発生を抑えるP53という遺伝子が多いことがわかったのだ。
人間の遺伝子には1組しかないのに、ゾウにはなんと20組も存在していた。
さらに18年8月には、P53遺伝子によって活性化され、遺伝子が傷ついた細胞を殺す役割を持つLIF6という遺伝子の関与を米シカゴ大学のグループが発表した。
なお、この遺伝子はゾウにしか見つかっていない。

北極クジラは体重が100トンにもなり、寿命は150~200年と地球上で最も長生きだが、ゾウと同様にがんは少ないとされている。
リバプール大学らのグループがそのゲノム(全遺伝情報)を解析した結果、損傷したDNAの修復などをつかさどる遺伝子が他の哺乳類のものと異なることが分かった。

ゾウやクジラが長い時間をかけて編み出したがん予防のメカニズムは将来、ヒトにも応用できると思われる。

執筆 東京大学病院准教授 中川恵一 先生
日経新聞・夕刊 2019.2.20