眠気、その正体に迫る

眠気、その正体に迫る 「ししおどし」の原理、脳のリン酸化が関係?

逃れようもなく襲いかかってくる「眠気」。
誰もが経験するが、その正体はまだよくわかっていない。
しかし最近、日本の研究チームによって解き明かされつつある。

脳を持つ動物で眠らない種はいないといわれる。
長期間眠らないでいると心身に異常をきたす。
眠りには省くことができない重要な機能があるらしい。
その一方で、私たちは頑張れば徹夜ができる。
徹夜が続くと爆睡してしまう。
眠気は一時的にしのげるが、消えることはない。
 
こうした睡眠の複雑なメカニズムは、「ししおどし」に例えられる。
 
目を覚ましている時は脳内物質のオレキシンが覚醒中枢を刺激して筒を上げ、その間に筒の中に眠気がたまっていく。
眠気が一定量を超えると睡眠中枢が優位になって筒がカタンと落ちる。
眠ることで筒の中の眠気が抜けていく」
 
「覚醒中枢」は、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質を脳内に広く分泌する。
「睡眠中枢」は覚醒中枢の働きを抑える神経伝達物質を分泌して眠りを誘う。
しかし、この二つだけでは足りない。
覚醒中枢はそのままでは機能を持続できない。
起き続けるには、覚醒中枢にオレキシンが分泌されて覚醒機能が持続される必要がある。
 
オレキシンは1998年、マウスの脳で発見された。
これと睡眠中枢、覚醒中枢の三つが相互に作用し合って、覚醒と睡眠が安定的に切り替わっていることが、最近の研究で明らかになってきた。
しかし、「ししおどし」にたまる眠気の正体は、今もなぞのままだ。

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以下は、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史機構長と桜井武教授らの研究成果。

8年前、8千匹の遺伝子変異マウスの中からよく眠るマウスを選んで掛け合わせ、長く眠ってもすぐにまた眠ってしまう「スリーピーマウス」の家系が作られた。
その遺伝子の特徴を調べ、眠気につながる物質を見つけ出すためだ。
 
スリーピーマウスの脳を調べたところ、「SIK3」という酵素が異常に活発になっていた。
脳内に広く存在する酵素だが、睡眠に関係しているとは誰も予想していなかった。
 
脳内の信号は、細長い神経細胞を通り、次の神経細胞へは接合部「シナプス」でたんぱく質が信号を神経伝達物質に変換して伝えている。
信号伝達には多くのたんぱく質が関わっている。
「SIK3」は様々なたんぱく質にリン酸基と呼ばれる化合物をつけて、「リン酸化」を促していた。
リン酸基はたんぱく質のスイッチのようなもので、たんぱく質はリン酸化されて活性化したり、機能が変化したりして働き始める。
 
脳内でリン酸化されるたんぱく質を調べたところ、80種のたんぱく質でリン酸化が進んでいた。
覚醒時間が長いほどその度合いは増していた。
しかも、このうち69種は「シナプス」の機能や構造に関係していた。
覚醒中にシナプスでは神経伝達物質がたくさん作られ、その信号を受け取ろうとシナプスは大きくなり、伝達効率を上げて強くなる。
 
しかし、そのまま大きくなり続けると、必要な刺激だけに反応すべき神経細胞があらゆる刺激に反応し始め、認知機能が落ちる可能性がある。
眠ることでシナプスはリセットされて、元に戻ると考えられている。
 
シナプスをリセットすることが睡眠の役割で、そのことにたんぱく質のリン酸化が関係しているのではないか」とという考えから、眠気の正体がリン酸化だとする仮説が提唱された。
2016年と18年に英科学誌「ネイチャー」に研究成果を発表し、大きな反響を呼んだ。

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リン酸化仮説は、東京大学の上田泰己(ひろき)教授らも独自に提唱している。
このグループは16年春、マウスの脳内にあるリン酸化酵素「CaMK2」が、神経細胞が活動すると細胞内に入るカルシウムイオンに反応して、眠気を促すことを発見した。
 
神経細胞内のカルシウムイオン濃度が上がると、CaMK2が自分自身をリン酸化することで眠気が催されることが、マウスの実験で確認された。
同グループは「この酵素はまるで眠気のたまり具合を、自らのリン酸化で記録しているかのようだ」と話す。
 
リン酸化の進行が眠気の正体なら、リン酸基を取り除く物質が見つかれば効果的な眠気覚ましの薬ができる。
深夜バスの運転手など、夜間に集中力が求められる仕事に従事する人たちには朗報だ。
眠気を誘うリン酸化の仕組みがわかれば、どうすれば深く眠れるかもわかるはずだ。
 
柳沢さんや上田さんの研究チームは、リン酸化の度合いが脳内でどのようにカウントされ、それが「ししおどし」の筒を落とすのかを解明しようとしている。
眠りの悩みから解放される日は遠くないかもしれない。

参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2019.5.6


<関連サイト>
眠くなる仕組み
https://wordpress.com/post/aobazuku.wordpress.com/307