夢へ前進iPS細胞研究 その1(1/2)

健康な方にとってiPS細胞の研究は彼岸の出来事です。
従って全く興味がないと思われる方も多いのではないでしょうか。
しかし病気をかかえてみえる方にとっては、その臨床応用は大いに気になるところです。
鶴首して待たれてみえる方も多いことと思われます。
その臨床応用についての現時点での状況を解説した新聞記事の紹介です。

夢へ前進iPS細胞研究 その1

京都大の山中伸弥教授らが作成に成功した万能細胞(iPS細胞)の成果をいかそうと、国内の
各機関でiPS細胞を使った研究が広がり、臨床応用をめざした基盤づくりが進んでいる。
傷んだ組織や臓器をおぎなう再生医療を大きく前進させる可能性があり、期待は高まっている。

肝臓、赤血球、心筋作り・・・

「細胞移植による治療をめざす者にとって、iPS細胞は実に魅力的です」
横浜市立大の谷口英樹教授は、今春にも肝臓や膵臓の細胞をつくる研究を始める予定だ。
これまでは、あらゆる細胞や組織にまりうる万能細胞の一つ、胚性幹細胞(ES細胞)や、
体内で臓器のもとになる体性幹細胞を使ってきた。

ただ、受精卵を壊してつくるES細胞には倫理問題がある。
また、体性幹細胞は数が少なく、移植に必要な量を得にくい。
「こうした臨床現場の問題を解決できそうなのがiPS細胞です」。
皮膚などの体細胞を使い、拒絶反応の心配もなく、量も増やせる。

国内ではES細胞研究で先行してきた機関が研究の中心になる。
難病患者らが期待するのは、横浜市立大のようにさまざまな細胞をつくる研究だ。

東京大の中内啓光教授らは、マウスのiPS細胞から血小板をつくった。
現在はヒトiPS細胞での研究を始めている。
輸血不足を補う赤血球づくりを計画しているのは、理化学研究所バイオリソースセンター
理研BRC=つくば市)の中村幸夫室長ら。
「iPS細胞とES細胞では似ている部分も多く、同じ手法が使える可能性が大きい」と言う。

神経の再生をめざすのは慶応大の岡野栄之教授ら。
マウスのiPS細胞からつくった神経前駆細胞を移植し。脊髄損傷マウスの症状改善に成功した。

同大では福田恵一教授らが、重い心臓病患者に正常な心筋を作って移植する治療法の開発へ
向けた準備も進めている。
一方、大阪大も心筋をシート状にして心臓に張る研究をしている。

東北大の西田幸二教授らは角膜再生をねらう。
すでにマウスデ角膜細胞の一歩手前の細胞を取り出し、培養できた。
「他人の角膜では拒絶反応が起きるし、本人の細胞はうまく取れても病気で細胞がうまく
増えないことも多い」とiPS細胞に期待する。
理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(理研CDB=神戸市)の高橋政代チーム
リーダーらは、光を感知する網膜細胞づくりに挑む。

朝日新聞・朝刊2008.2.18
版権 朝日新聞社

PS細胞研究本格始動 京大「アイセムス」開所

再生医学や薬物合成などの分野で世界トップレベルの研究を行う京都大学の新研究組織
「アイセムス」(iCeMS)の開所式典が19日、行われた。世界で初めて人工多能性
幹細胞(iPS細胞)を作製した京大の山中伸弥教授が所長をつとめる「iPS細胞研究
センター」を中核施設に据え、世界最高水準の研究を目指す。
 この日は式典に先立って記念講演会があり、山中教授は「アイセムスと医学研究の最前線」
のテーマで講演。これまでの研究成果を詳しく説明した。
 アイセムスは、文部科学省が進める世界トップレベルの研究拠点作りを受けて昨年10月
に設立された。
幹細胞生物学や細胞生物学、有機化学、生物物理学などの研究者を世界から
集め、再生医学や解毒、薬物合成などの分野で研究を推し進める。
組織内では英語が公用語
になるという。
 建物は今後、学内に整備され、研究は10年計画で実施。当初、年間予算は5億から20億円
とされていたが、iPS細胞研究センターに多くの資金が投じられることから、予算は増額
されて数十億円規模になるとみられる。
研究者一人あたり年間約3500万円で、トップレベルの研究者を招聘(しょうへい)する計画
もある。
 アイセムスの拠点長をつとめる前再生医科学研究所長の中辻憲夫教授は「世界が注目する研究
拠点にしたい」と話している。

iPS細胞研究本格始動 京大「アイセムス」開所 2008.2.20
http://sankei.jp.msn.com/region/kinki/kyoto/080220/kyt0802200234001-n1.htm


倫理面からの解説です。
2008年02月05日 NHKスタジオパーク 

「万能細胞研究と規制」

先週の金曜日に開かれた国の審議会で、新型万能細胞の研究について、禁止事項を設けること
が決まりました。
万能細胞の研究と規制の設けられる背景について谷田部解説委員に聞きます。

そもそも万能細胞というのはどんなものなのか?
新型万能細胞は京都大学山中伸弥教授が世界で始めて作り出した。
万能細胞は体中のあらゆる細胞を作る能力を持つ。
再生医療に応用が期待されているもの。
神経細胞などを作り、現在は治療法のない脊椎損傷の治療。
心臓の筋肉細胞を作って重い心臓病などを治療することができるのではないかと期待され
ている。
日本が研究をリードし、期待は世界に広がっている。
アメリカのブッシュ大統領も22日に行われた、最後となる一般教書演説で新型万能細胞研究を
歓迎し、大幅な財政支援を表明したのもその現れ。
日本でも異例の大型予算が組まれ、研究推進が図られている。

どんなことが禁止されることになったのか?
この万能細胞を使って体の細胞と生殖細胞は根本的に別なもの。
生殖細胞である精子卵子を作ることが禁止された。
新型万能細胞の唯一の懸念と言っていい部分が、卵子精子という生殖細胞を作ることが
できること。
体の細胞を作ることは病気の治療に応用出来る可能性がある。
一方、生殖細胞は赤ちゃんを作る。
つまり次の世代を作る細胞である。
ここが体の細胞とは違う。

この生殖細胞を人工的に作ってしまっていいのか?
精子卵子ができれば、これを受精させることもできる。
つまり、人工的に赤ちゃんまで作られる可能性があるということ。
同じヒトから卵子精子も作ることができる。
クローン人間にも繋がる可能性もある。
この可能性を懸念のままにしておかないで、禁止というルールを明確にして研究を進めて
いこうというもの。
規制が設けられることで研究はやりにくくならないのか?
むしろ研究をやりやすくするための措置。
同じ万能細胞であるES細胞の場合と比べてみる。
万能細胞は受精卵を元に作られるES細胞で研究が進められてきた。
本来ヒトになるべき受精卵を元に作られるので、受精卵を壊すという生命倫理的な
問題がある。
キリスト教の団体やアメリカのブッシュ大統領ES細胞研究に反対しているが、問題として
いるのはこの点。
日本では本来ヒトになる受精卵であることを尊重して研究を進めるためES細胞研究指針が
設けられ、国が研究を管理している。

ES細胞を作る場合には国の認可が必要。
ES細胞を使って体の細胞を作るための研究をする場合にも、国の確認が必要になる。
ES細胞も万能細胞なので生殖細胞を作成できる。
そこで、卵子精子を作ることはこの研究指針で禁止されている。
国によって規制の仕組みは違うが、世界の場で研究成果を発表するには、こうした倫理的
な手続きが行われていることが求められる。
つまり、倫理的な問題を解決しないと研究はできない。
生命倫理に関して明確な研究ルールが必要というのは世界共通の認識。
ES細胞研究の場合、倫理的な問題はあるが、誰がどんな目的で研究しているか、透明性が
保たれている。

万能細胞の研究の場合はどうなのか?
新型万能細胞はヒトの体の細胞に遺伝子を入れて、ES細胞と同じ働きを作り出したもの。
人工的に作った万能細胞という意味でiPS細胞と名付けられた。
ヒトの細胞を使う場合に、当人の承諾を得るというような手続きは必要だが、受精卵を使う
という倫理的な問題はない。
できあがったiPS細胞を使う場合でも、国の審査を受ける必要はない。
より多くの研究者が自由に再生医療に関する研究が出来る。
ここが、キリスト教の中心であるバチカンブッシュ大統領から賞賛されている点でもある。
ES細胞に比べ、規制がなく自由に研究できるが、外からは見えにくい。
そこで、唯一といっていい懸念である卵子精子を作ることを禁止しておけば、社会的な
安心を得られる。
研究者も研究に集中できる。
これが、今回の禁止という規制の意味。

禁止といっても破られる可能性はないのか
基本的には研究者のモラルの問題。
ただ、現段階ではiPS細胞を作ることも、体の細胞を作り出すことも難しい。
生殖細胞を作り出せるような段階にはない。(悪用する人物の出現?)
研究が進めば、規制のやり方も変えていく必要がある。
大きな光ばかりに注目していると、陰の部分が見落とされやすい。
陰が生じることを意識して、常に研究の範囲を明確にし、ルールに基づいて研究すること
が大事。



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