「全体としての健康」大切に
新型コロナウイルスの猛威はひとまず収束に向かっているようだ。
今月25日までの国内の感染者数は約1万6400人、死亡者は約850人で、他の先進国と比べて、圧倒的に少ない。
一方、世界では530万人超、34万人超にも上る。
しかし、100年前のA型インフルエンザのパンデミックでは、全世界で人口の4分の1に相当する約5億人が感染し、4000万人が死亡したと推定されている。
1918年から20年に流行した「スペインかぜ」は日本でも猛威をふるった。
18年11月にピークとなり、翌年の夏前に収束した第1波では、患者数は人口の約4割にあたる約2117万人で、死者数は25万7000人、致死率は約1.2%だった。
なお、当時、皇太子だった17歳の昭和天皇も罹患している。
19~20年に第2波が襲い、患者は約241万人、死者は約12万8000人だった。
感染者が第1波より少ないのは、免疫を獲得した人が増えたことが原因かもしれないが、致死率は約5.3%と第1波の4倍強になった。
内務省の記録では全流行期間の総感染者は約2380万人、死者約38万9000人とされている。
なお、インフルエンザウイルスが初めて分離されたのは33年なので、ワクチン開発などは論外だった。
当時の対策は、マスクの着用、患者の隔離、接触者の行動制限、手洗いや消毒、集会の延期といったものだった。
今の日本とほとんど違いはない。
流行期の感染症に警戒するのは当然だが、日本人の死因のトップはがんで、戦前から増え続けている。
日本における年間のがん死亡数は、スペインかぜによる国内総死亡数とほぼ等しい約38万(2019年予測)だ。
流行性の感染症と異なり、毎年40万人近い死者を出し続けていることを忘れてはならない。
コロナ禍には必ず終わりがある。
まずは、一人一人の行動によって、早期の終息を目指す必要がある。
その上で、がんに対する備えも怠ってはいけない。
コロナ問題にばかり関心が集中し、「全体としての健康」が損なわれることのないようにしたいものだ。
執筆
東京大学病院 ・中川恵一准教授
参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2020.5.27