ゲノム医療、認知症にも 病気の特定・発症予測に 治療薬探しに活用も
一人ひとりの遺伝情報を調べて治療につなげる「ゲノム医療」が、認知症の多くを占めるアルツハイマー病にも広がりつつある。
がんでは原因遺伝子を見極めて有効な薬などを探すのに対し、アルツハイマー病ではまず、患者の早期発見などに役立つと期待されている。
「ゲノム(全遺伝情報)の検査で遺伝性のアルツハイマー病と分かり投薬を始められた」。
新潟大学の池内健教授は2020年12月に検査を依頼された男性について語る。
男性は30代だが約束を忘れたり道に迷ったりすることが増え、診察を受けた。医師は脳画像などから認知症を疑った。
遺伝が関係するアルツハイマー病の可能性があると考えた。
ただ男性の両親は遺伝性のアルツハイマー病患者ではなかった。
検査で、遺伝性アルツハイマー病に特徴的な遺伝子「PSEN1」の変異が見つかり、診断が確定した。
男性はたまたま遺伝性と同じ変異が起きたまれな例と考えられ、検査をしなければ確定が遅れた可能性がある。
ゲノム医療で先行するがんでは、多数の遺伝子変異を調べ、効果が高い治療法を選ぶために用いる。
認知症にゲノム医療を適用する利点は、確実な診断に役立つことだ。
アルツハイマー病のうち、遺伝性タイプは5%以下だ。
原因遺伝子はほかに「PSEN2」や「APP」などがある。
こうした遺伝子が見つかれば病気を特定できる。
一方、アルツハイマー病の大半を占め、家族に複数の患者がいない「孤発性」タイプは原因遺伝子などが明確ではない。
病気かどうかは認知機能検査や脳の萎縮などから調べるのが一般的だ。
精度は8~9割という。
新潟大はアルツハイマー病や、その前段階である軽度認知障害(MCI)の人を中心に、年間150~200人の血液を採取している。
遺伝性疾患を見つけるのに適した解析法を含め、最大で約2万個の遺伝子を調べる。
日本には約600万人の認知症患者がいるとみられ、その約7割をアルツハイマー病が占める。
脳内に異常たんぱく質の「アミロイドβ(ベータ)」や「タウ」がたまる。研究者や製薬会社は異常たんぱく質がたまるのを防ぐ薬の開発を続けてきた
が、特効薬はまだない。
原因遺伝子が分かっているなら、その働きを妨げる薬も見つかるはずだ。
京都大iPS細胞研究所の井上治久教授らは患者の細胞から作った脳の神経細胞に1000種類以上の薬を試し、効く可能性のある薬を特定した。
様々な細胞に成長するiPS細胞を使い患者の神経細胞を育てた。
実験でPSEN1に変化がある場合、パーキソン病などの治療薬「ブロモクリプチン」がアミロイドβの蓄積を防ぐ効果が大きかった。
京大などは20年6月に医師主導臨床試験(治験)を始めた。
症状が軽度~中程度の10人を対象に、21年度末までに病気の進行抑制効果や安全性を調べる。
原因がはっきりしない孤発性にも、複数の遺伝子が関与していることが分かってきた。
1つの遺伝子ではなく複数の遺伝子の変化が積み重なると、発症に至る可能性が高まる、とみられている。
例えば「APOE」に変化があると、発症リスクが高まる。
アルツハイマー病全体で発症に関わる遺伝子は数十~数百個あると考えられ
る。
ゲノム医療で多数の遺伝子を調べたデータを人工知能(AI)で分析すれば発症リスクが分かる可能性もある。
国立長寿医療研究セン夕ーの尾崎浩一部長らはアルツハイマー病やMCIの患者を含む610人の血液を解析し、病気に関わるたんぱく質を作るRNA(リボ核酸)の量を調べた。
アルツハイマー病では「EEF2」「RPL7」の2つの遺伝子の働きが活発だった。
データをAIで解析しアルツハイマ病へ病状が進む人を約7割の精度で予測できたという。
アルツハイマー病で関連遺伝子が多数見つかれば、発症リスクの予測だけでなく治療にも役立つ可能性がある。
参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2021.4.19