鼓膜の再生、薬+スポンジで 耳の切開不要、聴力の改善に効果
2019年から公的保険適用に
中耳炎や外傷などによって耳の鼓膜に穴があいてしまった場合に、鼓膜の細胞を再生させて穴をふさぐ方法が広がってきている。
日帰りの外来ですみ、聴力の改善が望める。
大阪府の男性(78)は慢性中耳炎のため、左側の鼓膜の大半がない状態で、家族と会話していても大声でないと聞こえない状態だった。
昨年5月、北野病院(大阪市)で鼓膜の再生療法を受け、ふつうに話がで
きるようになった。
テレビの音量も自分だけ変える必要がなくなった。
鼓膜は、空気の振動として伝わってくる外部の音を受けとめ、その情報を脳に伝えている。
中耳炎や耳かき中の事故、気圧の急激な変化などによって、鼓膜が破れてしまうことがある。
鼓膜に穴があいたままだと、聴力が落ちてしまう。
従来は、耳の後ろを切開して内側の組織を取り出すなどして移植し、代用の鼓膜をつくるといった方法がとられた。
ただ、10日前後の入院が必要なうえ、本物の鼓膜ではないので聴力の改善度合いもいま一つという問題があった。
鼓膜を再生させて穴を防ぐ方法は、北野病院難聴・鼓膜再生センター長の金丸眞一医師が中心になって開発された。
使うのは、細胞の増殖を促す作用があり、床ずれなど皮膚の傷の治療でも使われるトラフェルミンといろ液状の薬剤と、ゼラチンでできたスポンジなど。これらをセツトにした「リティンパ」が販売されている。
治療ではまず、鼓膜の穴があいた周囲に麻酔をかけ、この周りの部分を一部
切り取る。
すると、傷を修復するために鼓膜細胞のもとになる「幹細胞」が活性化し、細胞が増え始める。
穴には、トラフェルミンをしみ込ませたゼラチンスポンジを切り分けて隙間がないように詰めていく。
こうした処置は20~30分ですむという。
スポンジには細かい空間がたくさんあるため、トラフェルミンの助けも受けて再生した鼓膜の細胞がスポンジ内の壁を足湯にして内部で広がっていき、編み笠のような立体的な形をした鼓膜として再生しながら、穴がふさがっていく。
穴がふさがるまでおむね3~4週ほど。
ゼラチンスポンジは体に吸収される素材でできていて、やがて分解され消えていく。
70%ほどは1回の治療で穴がふさがる。
1回でうまくいかなくても、北野病院では4回繰り返すまでに98%の人が鼓膜の再生に成功しているという。
また、治験のデータによると、この手法を受けた20人中の全員が、日本耳科学会が定めた「聴力改善」の判定基準を満たした。
穴が完全にはふさがらなくても、聴力は上がるという。
鼓膜に穴があいていると、補聴器を使っても効果が十分に生かされにくいと
いわれる。
そんな人にも鼓膜の再生は有効だ。
この方法は2019年から公的保険が認められている。
中耳炎などが続いていない場合の一般的な自己負担額(3割負担の場合)
は、鼓膜再生そのものの費用と、前後の検査代などを合わせて、1回につき3万6千円ほどとされる。
適応するか 事前診察重要
鼓膜に穴があいて困っている人は、国内に約100万人いるとも推定される。
ただ、いまのところこの方法の対象となるのは、全体の20%ほどにとどまる。
穴があく原因の多くを占める中耳炎のうち、炎症が続いて「耳だれ」があるような患者は、十分な効果が期待できないとして保険診療の対象にはならない。
実際にはこうした患者は多く、まず手術で耳の中の環境を整えることで、鼓膜の再生がうまくいくようになる可能性があるという。
この方法に取り組むのは、大学病院など全国の約400の医療機関。
どんな施設で受けたらいいのか。
大部分のケースで安全に処置ができる。
ただ一部で本格的な手術が必要となることもあり、事前のしっかりした診
察が重要だ。
日本耳鼻咽喉科学会の専門医がいるような施設で受けることがすすめられる。
参考・引用一部改変
朝日新聞・朝刊 2021.4.21
<関連サイト>
鼓膜の再生療法