妊婦の接種、安心と不安 ワクチン効果「リスク上回る」
日本でも新型コロナウイルスのワクチン接種が高齢者でようやく本格化している。
気になるのは感染すると重症化や早産のリスクが高まるとされる妊婦の対応だ。
接種すれば重症化リスクは低くなるが、本人や赤ちゃんへの影響は十分にはわかっていない。
日本では、定期接種以外のワクチンは周囲の影響などで漠然と決めがちだ。コロナワクチンは、リスクとベネフィットを自分や家族と一緒に考える契機にもなっている。
米在住のNさんは1~2月、妊娠34週と38週で米モデルナ製のワクチンを接種した。
接種を決めた一番の理由は「妊婦は重症化するリスクが高く、恐ろしかったため」と話す。
米ハーバード大学医学部助教授のNさんは、「いつ感染してもおかしくない状況で、ワクチンを受けずに重症化するリスクが、接種したことによるリスクより高いと判断した」と話す。
実はワクチン接種が日本よりはるかに進む米国でも、妊婦については迷うという意見も根強い。
理由は、赤ちゃんへの影響が十分にわかっていないことや、妊婦も、発熱や発赤、倦怠感などの「副作用」が妊婦以外の人と同程度の頻度で起こる可能性があるためだ。
そもそも妊婦へのワクチン接種は種類によって対応が異なる。
例えばインフルエンザワクチンは接種が推奨されている。
2009年に新型インフルエンザが大流行した際は、妊婦は優先接種の対象だった。
一方、麻疹・風疹ワクチンなどの生ワクチンは基本的には妊婦には接種できない。
生きたウイルスがワクチンとして体内に入るので、ウイルスが増えて胎児に何らかの悪影響を与える可能性が否定できないためだ。
ただ、コロナは状況が違う。
長期間流行している上、妊娠中の女性がコロナに感染した場合、重症化や早産のリスクが高まることがわかっている。
米疾病対策センター(CDC)によると、集中治療室の治療が必要になるリスクは約3倍、死亡率も約1.7倍に高まる。
妊婦は胎児の影響で呼吸への負担が大きく、免疫状態も低下していることなどが理由だ。
治療にも影響が出る可能性がある。
治療薬や治療法の選択肢が狭まるかもしれない。
例えば人工呼吸器をつけるには鎮静剤を用いる。
すると胎児も長時間寝てしまうので健康状態を把握しにくくなる。
鎮静剤の影響を避けるために、早めに産むという選択もあるが、妊娠週数次第では難しい。
ワクチン接種のリスクについては、妊婦だからリスクが上がるという報告はない。
リスクがゼロではないのは他の薬なども同じだ。
頭痛などを止めたいから薬を服用するのと同様に、重症化するリスクを考えるとワクチンを打つベネフィットが大きい場合がある。
ここにきて科学的な調査結果も集まってきた。
米メイヨー・クリニックは出産した約2000人について5月中旬に報告した。140人がワクチンを受け、接種で妊娠や出産に関わる合併症は増えなかった。
英医学誌ニューイングランドジャーナルオブメディスンの研究報告では、米疾病対策センター(CDC)の研究者らが3万5000人以上の妊婦のデータを分析した。
ワクチンを接種した妊婦の自然流産や早産などの発生率は、コロナ流行前の妊婦とほぼ同じだった。
世界の専門機関からも接種を推奨する提言が相次ぐ。
米CDCは4月、米ファイザー製や米モデルナ製のようなメッセンジャーRNAワクチンを対象に接種を推奨すると発表。
英イングランド公衆衛生庁は妊婦は一般女性と同時にワクチン接種を行うべきだと勧告した。
世界保健機関(WHO)も妊婦へのワクチン接種の利点を上回るリスクがあると考える理由はないとしている。
日本でも、日本産科婦人科学会などが5月中旬に提言を公表。
現時点では世界的に接種のメリットがリスクを上回るとした。
重症化しやすい肥満や糖尿病などの持病がある場合や、感染者数が多い地域などでは、積極的な接種をするように盛り込んだ。
ただし、胎児の器官ができる妊娠12週までは念のため接種を避けるとよいという。
米国では、ワクチン接種で不妊になる可能性を懸念する声がSNS上などで出た。
だが、米産科婦人科学会や米生殖医学会などは「不妊につながるとの証拠はない」と否定している。
妊婦は家族から感染するケースも多いため、まずはパートナーなど家族に打ってほしい。
日本の現在の改正予防接種法では妊婦は基本的に推奨にあたる「努力義務」の対象ではない。
リスクとベネフィットを考え、医師などにもよく聞いて納得した上で判断したい。
*母の抗体、赤ちゃんへ
妊婦がワクチン接種して体内にできた新型コロナウイルスを無力化する抗体が、胎盤や母乳を通じて洽与ん赤ちゃんへの抗体の移行があったという報告が報告が相次いでいる。
米ハーバード大などは、ワクチン接種した30人の妊婦と16人の授乳中の女性を調べたところ、臍帯血と母乳の中に抗体があることを確認した。
米産科婦人科学会誌にも、妊娠後期に接種したほとんどの妊婦に胎盤を通じて赤ちゃんへの抗体の移行があったという報告が掲載。
「新生児がコロナに対して免疫を持つことの有望な証拠だ」と著者らは結論づけた。
米CDCは抗体が乳児を守るのに役立つ可能性があるとしている。
米産科婦人科学会は授乳中の女性に接種を勧め、英ワクチンと予防接種に関する合同委員会も接種を助言している。
参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2021.6.1
<関連サイト>
新型コロナワクチンの妊婦への接種