国産ワクチン開発に期待の声 治験方針見直しに活路、残る課題は
新型コロナウイルスの国産ワクチン開発がこれから正念場を迎える。
実用化する際に求められる最終段階の臨床試験(治験)の実施方法が焦点となっていたが、国際的な薬事規制当局が6月下旬に新たな方針を発表。
これを受け、国内で初期段階の治験を始めている製薬企業4社のうち3社が、年内に最終段階の治験を始める構えを見せている。
国内では海外製ワクチンの接種が進むが、免疫の持続期間は明らかでなく、追加接種の可能性もあり、国産の開発に期待する声も根強い。
世界的にワクチン接種が進む中、難しい状況に置かれているのが日本のメーカーを含めた「後続組」の開発企業だ。
国内では塩野義製薬、第一三共、KMバイオロジクス、アンジェスの4社が少人数を対象とした初期段階の治験を進めるが、最大のハードルとされる最終段階の治験をどのように実施すればいいか、見通せなくなっていた。
米ファイザー社などは昨年、最終段階の治験で、複数国で募った数万人の参加者を「本物」を打つ群と「偽薬」を打つ群に分け、接種後の発症の有無を比較することで「本物」の効果を立証した。
だが、今年に入って各国で接種が加速。
有効な実用化済みワクチンがある中で、偽薬を投与する倫理的問題もあり、先行企業と同じ方法での治験は難しくなっていた。
「国産ワクチン」開発はどこまで進んだ? 何が“壁”なのか?(2021.7.21)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210721/k10013149551000.html
新型コロナウイルス対策の柱となるワクチン。
国内でも接種が進んでいるが、現状では使用されているのはいずれも海外で開発されたワクチンだ。
これまでアメリカ、イギリス、中国、ロシア、それにインド、キューバなど海外では、続々と新型コロナのワクチンが実用化されている。
一方、国内の製薬メーカーでは、ワクチン開発が続けられているものの、まだ実用化には至っていない。
事実上の「ワクチン敗戦」ではないかという声も聞かれる中、国産ワクチン開発の現場では、大きな壁を乗り越えようと模索が続いている。
国産ワクチンの開発はどこまで進んでいるのだろうか。
国産ワクチン開発 臨床試験に進んだのは4社
国内メーカーの新型コロナワクチンで、実際にヒトに投与する「臨床試験」まで到達できているのは、7月20日の時点で、次の4社となっている。
「DNAワクチン」の開発を進める。
国内勢としては最も早く臨床試験入りし、現在は新薬の承認までに必要な臨床試験の3つの段階(フェーズ1、2、3)のうち、「フェーズ2/3」という段階に進んでいる。
● 製薬大手「塩野義製薬」
「遺伝子組み換えたんぱく質ワクチンの開発を進める。
「フェーズ1/3」。
● 製薬大手「第一三共」
「mRNAワクチン」の開発を進める。
「フェーズ1/2」。
● 熊本の製薬企業「KMバイオロジクス」
「不活化ワクチン」の開発を進める。
「フェーズ1/2」。
このほか、ベンチャー企業の「VLPセラピューティクス・ジャパン」は、独自の技術を使った「RNAワクチン」という方式で、7月に臨床試験の実施に向けた書類を審査機関に提出した。
また、日本の研究者が海外の企業と共同で国内での臨床試験を行うケースなどもあるが、国内メーカーのワクチンはいずれもまだ実用化されてはいない。
国産ワクチン開発の“壁”は「大規模臨床試験」
国産ワクチン開発の大きな壁となっているのが「大規模臨床試験」だ。
ワクチンの開発では、効果や安全性を確認するために、数万人規模が参加する大規模な臨床試験が行われる。
通常の薬が病気の治療のために使われるのに対して、ワクチンは健康な人に接種することから、効果や安全性は十分に確認される必要がある。
すでに実用化されているファイザーやモデルナ、それにアストラゼネカなど各社のワクチンは、数万人規模の大規模臨床試験が行われてきた。
こうした臨床試験は、開発中のワクチンを接種するグループと、ワクチンを含まない「偽薬=プラセボ」を接種するグループとに分けて行われ、どちらを接種したかは参加者には知らされない。
その上で、接種後に新型コロナウイルスを発症する人数に違いがあるかや、有害な症状が増えていないかどうかを調べていく。
ワクチンに限らず臨床試験では、「偽薬」を接種したグループでも、一見効果があるかのようにみられる反応が出たり、副反応のような症状が出たりすることがあるため、こうした方法で厳密に確認することが必要となる。
日本は「大規模臨床試験」のノウハウ不足
ところが、日本ではここ最近、国内で開発された新たなワクチンが実用化されるケースがほとんどなく、数万人という大規模な臨床試験を行うノウハウは十分に蓄積されていなかった。
パンデミックに直面してから急に体制を構築するのは簡単なことではない。
後発の日本では「倫理面」の課題も
大規模臨床試験が難しいもう1つの理由が「倫理面」での課題だ。
ファイザーやモデルナをはじめ、すでに実用化されたワクチンがある中で、試験のために「偽薬」を投与することは、倫理的に許されないという指摘がある。
使えるワクチンがあるのに、試験に参加した人たちのおよそ半数は全く効果が無い「偽薬」を接種している可能性があり、観察期間中に効果のあるワクチンを接種することも難しいためだ。
では、どうすればいいのか?
大規模臨床試験に代わる方法としては「非劣性試験」という方式の試験が挙げられる。
日本でもできる「非劣性試験」とは?
「非劣性試験」とは、いったいどういう試験なのか。
「非劣性試験」で比較するのは、「開発中のワクチンを接種したグループ」と、「すでに実用化されているワクチンを接種したグループ」となる。
この2つのグループで、ウイルスの働きを抑える中和抗体の数値などを比較し、開発中のワクチンが実用化されているワクチンと比べても遜色がないことを確認することで、効果や安全性などを確認することができるというものだ。
この方法であれば、「偽薬」を接種する必要がありません。
ただ、実際にこの方法で臨床試験を行うためには、国が認める必要があるほか、国際的にもこの方法で行った臨床試験の結果が認められる必要がある。
最終段階の臨床試験 各社はどう対応?
大規模臨床試験が難しいという課題を抱えているのは、ほかの製薬メーカーも同じだ。
各社とも、最終段階の臨床試験をどのように行うのか、検討を進めている。
「非劣性試験」などの形で最終段階の臨床試験を行った上で、実際にワクチンが使用されるようになってからも、効果が出ているかや予想外の副反応がないかなど、全例を確認する体制を敷く方向で準備を進めているという。
● KMバイオロジクス
KMバイオロジクスは、医薬品の審査を行うPMDA=医薬品医療機器総合機構と協議中だとした上で、「非劣性試験」の形で確認するのがベストではないかと考えているとしている。
会社では今後の変異ウイルスに対応するために、標準的な製造方法や品質管理の方法自体の承認を事前に受けることで、迅速に新たなワクチン開発ができる「プロトタイプワクチン」というやり方で承認を目指す。
2022年夏には承認を申請し、遅くとも2023年度中の実用化を目指す。
● アンジェス
アンジェスも、大規模な臨床試験をどのような形で行うべきなのか、PMDAなどの国際的な議論の動向を踏まえて検討したいとしている。
海外では「非劣性試験」採用のメーカーも
後発でワクチン開発を進める海外の製薬メーカーでは、すでに「非劣性試験」を採用するところも出てきている。
このうちの1つ、フランスのバルネバ社は、開発中のワクチンについて「非劣性試験」を実施すると発表した。
およそ2000人が開発中のワクチンを、およそ1000人がアストラゼネカのワクチンの投与を受けるということで、2回接種してから2週間後の中和抗体の値を比較するという。
「非劣性試験」認める動き 国際的にも
こうした中、「非劣性試験」を認める動きは広がってきている。
厚生労働省にると、およそ30の国や地域の規制当局が参加するICMRA=薬事規制当局国際連携組織で、大規模な臨床試験に代わる臨床試験の方法として、数千人規模での「非劣性試験」について話し合われ、こうした方法を採用することに大筋で合意が得られたという。
厚生労働省の担当者は「日本だけで独自の基準を設けて承認するような方法ではなく、国際的な合意を取りながら、新たな評価方法を作っているところだ」と説明する。
日本では1980年代を最後に、国内で開発された新しいワクチンが実用化に至ったケースはほとんどない。
しかし、6月に閣議決定されたワクチン開発や生産体制の強化に向けた国の長期戦略では、「感染症研究は産官学いずれにおいても先細りしていた。国においてもワクチンのような一見すると経済合理性の乏しい分野への投資や政策立案が欠如していた」とした上で、国産の新型コロナワクチン開発を急ぐため「政府として強力に支援する」と明記された。
厚生労働省によりますと「非劣性試験」を認めるという今回のICMRAでの合意についても日本からの提案で実現したという。
国産ワクチン実現へ「日本もようやく動き始めた」
国産ワクチンの実現に向けてこうした国の支援の動きに期待を寄せているのは、日本のワクチン開発の第一人者で、新型コロナワクチンの開発にも参加している東京大学医科学研究所の石井健教授だ。
石井教授は、以前、MERS=中東呼吸器症候群(新型コロナウイルスと同じコロナウイルスによる感染症)に対して、第一三共などと共同で「mRNAワクチン」の開発を進めていたが、国をはじめとした支援が続かず、ヒトへの臨床試験まで進むことができなかった経験がある。
しかし、今回は違うと感じているという。
東京大学医科学研究所 石井健教授
「いまは、国産ワクチンを開発するんだという国の意思が見え、それに応える形で製薬企業も進んでいて、危機感を共有してそれぞれ最大限で努力している。ようやく重い腰が動き始めた。のど元過ぎれば熱さ忘れるということにならず、本当に実現できるかが問われている。新型コロナに対しては、これから毎年接種が必要になるかもしれない。いまのワクチンも安全で高い効果が確認されているが、さらに安全なものを目指すことや、国産ブランドという安心感が大切だ。また、今回は海外から購入できたが、今後も購入し続けられる保証はなく、国民の健康安全保障は必要だ」
“ワクチン開発”は 今後の新たな医薬品開発にも
新型コロナのワクチン開発では、従来の技術だけでなく、「mRNAワクチン」をはじめ最新の技術が一気に実用化された。
こうした技術は、今後、新たな医療技術の開発にもつながると考えられている。
「『mRNA』の技術は速いスピードで医薬品開発に至ることができる。いまは新型コロナワクチンが優先だが、それ以外のワクチンにも取り組む方向であるし、遺伝子治療領域、がん領域への応用も推進するべきだと思っている。この分野の第一人者になっていきたいと思っている」
国産ワクチンの開発は海外メーカーからは立ち後れてしまっている。
しかし、ここで大きな壁を乗り越えて、国産ワクチンが実現するかどうかが、新型コロナとの闘いを進めていくことだけでなく、今後の新たな医薬品開発への道を開くことへの鍵になるのかもしれない。