ウイルス使ったがん治療

ウイルス使ったがん治療 脳腫瘍など、患部に注入で効果

ウイルスを使ってがん細胞を退治する「ウイルス療法」という新たな治療技術が日本でも登場した。
第1弾として第一三共が、悪性度の高い脳腫瘍向けに2021年11月から治療薬の販売を始めた。
骨腫瘍向けに鹿児島大学臨床試験(治験)を開始したほか、鳥取大学東京大学などでもウイルス療法薬の開発が進む。
既存の手法では治療が難しいがんの患者にとって、待望の薬となりそうだ。

がん治療向けウイルス療法は、一般的に治療用に遺伝子を改変したウイルスを注射でがん細胞に直接投与する。
ウイルスはがん細胞の中だけで増殖し、がん細胞を破壊する。
ウイルスはがん細胞を破壊後に周辺に広がり、広範囲のがん細胞を除去できる。
正常な細胞の中でウイルスは増殖しないように設計しており、安全性は高い。

欧米では15年に悪性度の高い皮膚がん向けに承認されているが、日本では承認されていなかった。

今回、国内承認の第1号となった第一三共の「デリタクト(テセルパツレブ)」は、東京大学医科学研究所の研究グループが研究してきた成果を医薬品に応用した製品。
脳腫瘍のひとつ、神経膠腫グリオーマ)のなかでも悪性度が高い患者に対する治療薬だ。
悪性度の高いグリオーマ(グレード4)は、大脳にできて周囲の脳にしみこむように広がる。
手術では完全に取り去ることが難しく、手術後も時間の経過とともにがん細胞が増えて再発する可能性が高い。
放射線治療と化学療法で増殖を抑えることもできるが、予後は12~15カ月とされる。
再発後は治療の選択肢がほとんどないのが現状だ。

デリタクトの治験に参加した13人に対して治療後1年たった時点で有効性を調べたところ、1年後も生存している患者の割合は92.3%だった。
治験途中でも有効性が証明されたため、治験を中止する「有効中止」となった。
研究グループ代表は「治療法がなかった悪性脳腫瘍の患者にとって新たな選択肢」と話す。

がんのウイルス療法の特徴は、最も手ごわいがんに対して効果がある点だ。
手術で取り切れず、抗がん剤放射線も効きにくく、免疫も働きにくい部位にできる脳腫瘍や骨腫瘍など向けに開発されている。

しかもその効果が長期間持続するのも利点だ。
ウイルスによって、体内の免疫が刺激されると考えられている。近年の研究では抗がん剤や他の免疫療法との併用で治療効果が高まるという報告もあり、米国や中国をはじめ世界で140以上の治験が進んでいる。

ただ世界的にみてまだ治療薬となっているものは少ない。
欧米で15年に悪性皮膚がんの治療薬「イムリジック」が承認されて以降、今回のデリタクトで2つ目だ新規の治療用ウイルスの開発を進めている。
ウイルスを設計するには高度な技術と複雑な工程が必要となる。

例えば攻撃性が高い一方、体内であまり増えず、副作用が強いウイルスであれば治療には使いにくい。
また複数の候補から有効性が見込まれるウイルス候補を見つけることができても、大量生産するのが難しければ、医薬品として普及させるのは難しい。

鹿児島大学の研究チームは日本医療研究開発機構(AMED)の助成を受け、ウイルスを効率よく改変し、迅速に生産できる基盤技術の開発に世界に先駆けて成功している。
16年から始めた初期段階の治験では、悪性度の高い骨軟部腫瘍の患者で安全性と有効性を示す結果を確認。中には2年以上効果が維持されていた患者がいたという。

研究チームは、21年から鹿児島大学病院、久留米大学病院国立がん研究センター中央病院の全国3施設による多施設治験を始めた。
今後2年間で全国から20人程度の悪性骨腫瘍の患者に参加してもらい、安全性と有効性を確かめる。希少がんに対する新たな治療薬として薬事申請を目指す。

もっとも、現時点ではがん治療ウイルスも万能ではない。
難治性のがんや再発したがんの増殖を抑えこみ、生存期間を延ばす効果がある一方、一定の割合で効果がみられない患者もいる。
そのため安全性が高く、より有効性が高い次世代の治療ウイルスの開発が世界中で急ピッチで進む。

国内ではアステラス製薬鳥取大学が初期治験を進めるほか、東京大学信州大学などが臨床開発を進めており、アカデミア発の創薬に期待が高まる。
ただ、日本は基礎研究力や技術があるが、臨床開発の環境が欧米に劣っている。
薬価を含めた創薬環境の改善が急務だとなる。
画期的な新薬をがん患者に届けるための政策的な後押しも必要だ。

難病向けに存在感
新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスをはじめ、ウイルスは人類にとって脅威となるマイナスのイメージが強い。
一方でウイルスを難病や希少疾患、先天性の病気の治療に使えるという利点も判明。
難病治療の道を切り開いている。
 
例えば欧米で最初に承認されたがん治療ウイルス「イムリジック」は遺伝子を改変したヘルペスウイルスを使う。
デリタクトも同じウイルスを改変した製品だ。
このほかレオウイルス、ワクシニアウイルスなど治療用として開発されるウイルスは多岐にわたる。
 
また遺伝子治療でもウイルスの重要性は増す。
米国では17年に網膜疾患治療薬「ラクスターナ」が、19年に神経難病治療薬「ゾルゲンスマ」が承認された。
いずれもウイルスをベクター(遺伝子の運び手)として活用し、体内に治療遺伝子を送り込む手法だ。
ウイルスを使う治療法は広がりをみせている。参考・引用一部改変
日経新聞・朝刊 2022.5.31


関連サイト
世界初の脳腫瘍ウイルス療法が承認 ~東大発のアカデミア主導創薬で新しいがん治療モダリティ実用化~
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00097.html

ウイルスでがん退治―強力な抗がん効果を発揮する次世代がん治療用ワクシニアウイルスの開発に成功― 
https://www.amed.go.jp/news/seika/kenkyu/20210115.html

ウイルスががんを治す?がんウイルス療法が国内

https://gan-mag.com/study/9631.html