スキルス胃がん

術前術後の抗がん剤に期待 スキルス胃がんを諦めない

スキルス胃がんの告知を受けたOさん、52歳。
一時はショックでなにも手につかなかったが、今はできる治療はすべて試し、サバイバルしようと決意している──。

胃がん全体の1割を占め、予後不良がんの代名詞でもあるスキルス胃がん
胃痛や出血などの自覚症状がほとんどないため、発見された時点で6割に腹膜転移が見られる。
これは普通の胃がんの進行ステージの4期に相当する。

また、胃がんの好発年齢が60歳代なのに対し、スキルス胃がんは50歳代と若く、進行がきわめて早い。
普通、がんが肉眼で確認できる大きさになるまで数年~10年を要するが、スキルス胃がんは、1、2年で末期まで進行してしまうこともまれではない。
1期の早期胃がんが98%、2期の進行がんでも70~80%が治る時代にあって、スキルス胃がんの5年生存率は10~20%にとどまっている。

スキルス胃がんの早期発見・治療が難しい理由は、その特殊性にある。
普通の胃がんは胃粘膜の表面に火山の噴火口のような盛り上がりやへこみをつくる。
一方、スキルス胃がんは、がん細胞が胃壁の中を横ばいに広がっていく。
このため胃粘膜表面に異常が現れず、内視鏡検査でも見つけにくいのだ。

さらに、他の胃がんが血液やリンパ液の流れに乗って転移するのに対し、スキルス胃がんは粘膜層を突き抜けたがん細胞が胃の外側の膜からこぼれ落ち、ちょうど種を播くように腹の中に散らばっていくのである。
そのため手術ですべてのがん細胞を取り切るのは、ほぼ不可能に近い。

しかしこの数年、ようやく希望の灯が見え始めてきた。
それは、取り切れなかったがん細胞を手術後に抗がん剤でたたく方法だ。
具体的にはTS-1とシスプラチンという抗がん剤が投与される。
特に、日本で開発されたTS-1は、進行再発胃がん抗がん剤は効かないとされてきた、これまでの常識をひっくり返し、延命効果を証明してみせた「飲む」抗がん剤
スキルス胃がんに対する治療効果も期待できる。

また現在、厚生労働省の助成を受けた日本臨床腫瘍研究グループが、進行再発胃がんに対する術前抗がん剤治療の臨床試験を進めている。
手術前に抗がん剤治療を行うことで、少しでも転移を抑え、手術と術後の抗がん剤治療の効果を上げるのが目的。
進行が早いスキルス胃がんの手術前に、抗がん剤治療の時間をとることが是か非か議論はあるが、逆に進行を抑える可能性がないとは言い切れない。
一歩ずつだが、スキルス胃がん=治癒不能という残酷な常識が書き換えられようとしている。

監修 岩崎善毅(東京都立駒込病院外科部長)
出典 週刊ダイヤモンド 2010.10.25
版権 ダイヤモンド社

<関連サイト>
腹腔内化学療法 胃がんの腹膜播種に効果
おなかの中にがん細胞が散らばって増大し、胃がんで死亡する患者の半数以上を苦しめるという腹膜播種。
これまで効果的な治療法がなかったが、新しい治療法「腹腔内化学療法」が一定の成果をあげ、2009年11月、国から「高度医療」に認定された。(山崎光祥)

千葉県の女性(41)は2005年11月下旬の昼過ぎ、突然へその下辺りに鈍い痛みを覚えた。
夜になると、おなかを押さえただけで跳び上がるほどに悪化。搬送先の病院で、痛みはがんのためだと分かり、さらに1週間後、進行の早いスキルス胃がんの末期だと告げられた。

すでに、がん細胞は胃の壁を突き破り、内臓を包む腹膜には、肉眼で見えない微小のがん細胞も含め、播種が無数に散らばっていた。
内服や点滴で抗がん剤を全身投与しても、血流の少ない腹膜播種までは十分に行き渡らないため、余命は良くて半年とみられた。

通院で抗がん剤治療を受けたが、播種は少しずつ増大。
発見から1年半後には直腸が圧迫されて便が出にくくなった。

そんな時、インターネットで東京大腫瘍外科助教の石神浩徳さんらが実施中の腹腔内化学療法を見つけた。

この治療法は、欧米では卵巣がんの腹膜播種に対して行われている。
ポートという薬液の差し込み口をおなかの皮下に埋め込み、それに接続されたカテーテル(細い管)を腹腔内に留置。
生理食塩水1リットルに溶かした抗がん剤「パクリタキセル」(一般名)をポートに注ぎ込むと、腹腔内が薬液で満たされ、腹膜の表面にくまなく浸透する。

女性は別の抗がん剤「TS-1」(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシル)の内服と併用して、週1回程度のペースで点滴と腹腔内への投与を受けた。
すると便秘は少しずつ改善。
2か月後には治療と同時に始めた栄養点滴を外し、普通の食事ができた。

さらに半年後には腹膜播種が消え、胃のすべてと大腸の一部を摘出した。
突然の腹痛から4年余りたった現在も治療は続いているが、明らかながんの進行はみられない。
女性は「体重は37キロから43キロに増え、駅の階段も軽く駆け上がれるようになった」と喜ぶ。

石神さんらが腹膜播種のある胃がん患者40人に治療を行ったところ、生存期間の中央値(真ん中の人の値)は23か月だった。
腹膜播種の進行に伴ってたまる腹水も、21人中13人(62%)で量が減った。
白血球の減少や嘔吐などの副作用は見られたが、いずれも通常の化学療法と同程度だった。

胃がんに対する腹腔内化学療法は、東京大では一定の条件を満たした患者に対し、保険診療との併用で実施している。
一方、金沢大、福井大、大阪大でも臨床研究として治療を行っている。

石神さんは「腹膜播種を抑え、患者の余命を延ばすこともできる有望な治療法だと思う。保険が適用され、多くの施設で行えるよう努力したい」としている。

出典 読売新聞 2010.2.25
版権 読売新聞社

<私的コメント>
従来腹腔内に抗がん剤を投与することは、腹膜の癒着がひどくなるということで行われませんでした。
こういった治療が行われるようになったことには、昔を知る医師としてびっくりしています。
文中に「パクリタキセル」という薬剤が出て来ます。
循環器専門医の私は、狭心症などのカテーテル治療で使用される「薬剤溶出ステント」の「パクリタキセル」を思い浮かべます。



<関連サイト>
一日置きの抗がん剤の投与
http://blogs.yahoo.co.jp/bergflat/20111675.html





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