深いキズ、吸って治す

「リム・サルベージ(下肢の救済)」という言葉があるそうです。
糖尿病の患者さんでは足のキズの症状悪化などで足を切断する人がいます。
そういった方の下肢を切断から守る工夫をいう言葉です。


フィルムで覆う→吸引で刺激→新組織作りやすく

重い床ずれや糖尿病が悪化した足の壊死など、治りにくいキズの新治療が今春から全国に普及し始めている。
キズの部分をスポンジとフィルムで覆い、ポンプに管でつなげて吸引する。
キズの治りが早くなり、足の大きな切断を避けられた患者もいる。

●壊死、足切断せず回復
東京都に住む50代の会社員Aさんの足の状態が急に悪くなったのは今年5月だった。
最初は足の先に靴ずれのような水ぶくれができた。
2日後には赤くなり、さらに黒ずんできた。
もともと糖尿病があって足の血行が悪かった。
化膿して壊死が起きていた。

近くの病院に入院したが良くならず、壊死の拡大を心配した医師から「足を切断しましょう」と言われた。
良い方法はないか調べ、杏林大学医学部付属病院(東京都三鷹市)の形成外科・美容外科で治療を受けることにした。

入院して足の指を2本切る手術を受けた。
その後、キズの部分を吸引する新しい治療法を使って治し、4週間で退院することができた。

今は普通に歩くことができる。「足を切っていたら仕事も失いかねなかった。指を切るだけで良かった」と語る。

普通の外傷ならば縫うなどの処置をして1~2週間程度で治るが、治療にてこずるキズもある。
糖尿病患者の足の壊死や、悪くなった床ずれは2~3週間以上たっても治らず、難治性創傷と呼ばれる。糖尿病患者の場合は足の壊死が治らないまま大きくなっていくため、足を切断する場合もしばしばある。

Aさんが受けた治療は局所陰圧閉鎖療法という。
今年4月、公的医療保険の適用になり、全国に普及が始まった。

杏林大病院で治療を見た。

キズの表面を洗ったあと、スポンジ状の黒いフォーム材を大きさに合わせて切ってのせる=図。
キズ全体を覆うように透明な粘着フィルムを張り付ける。
フィルムの一部に穴をあけて連結チューブを張り付け、吸引する陰圧維持管理装置に接続する。
装置は手で持ち運べる大きさだ。


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スイッチを入れて掃除機のように吸引が始まるとフォーム材が収縮してキズが引き寄せられ小さくなる。フィルムがキズを密閉し、フォーム材で全体が均等に吸引されるのを助ける。
にじみでている液体を吸い出し細胞を刺激して血流を良くする。
難治のキズは「肉芽(にくげ)」という新しい組織ができることでふさがれていく。
この治療でキズの部分に肉芽形成を促すとされる。フォーム材とフィルムは2日に1回程度張り替える。

杏林大が国内の患者80人を対象にした臨床試験(治験)によると、難治性のキズが閉じるまでの期間は新療法で平均17.7日。
同程度の症状で従来の治療だと平均63.5日。
格段に早い。
波利井教授は「キズの底の部分に治癒に適した環境を作るのが重要。そのための効果的な方法」という。



●春に保険適用、普及
この治療の機器を開発し販売しているのは米KCI社。
その日本法人によると、全国の大学病院など約300の病院で導入されているという。
形成外科を中心に外科、皮膚科などでも使われる。

米国では初期型の製品が1995年に実用化された。
日本は15年遅れになる。

日本で承認された機器は初期型を改良した第2世代だが、米国ではさらに小型化するなどした新製品も出ている。
欧州などでも2000年ごろに導入。
欧米で広く使われているのに日本では使えない医療機器だ。
医療機器(デバイス)で海外と国内で承認の時期にずれ(ラグ)が生じる「デバイスラグ」という問題の典型例だった。

さらに、米国では在宅医療にも利用されているが、日本ではまだ病院での利用に限られている。

市岡教授はこの治療法に関する国際的なガイドラインを作るため欧米などの専門家が集まった委員会に加わっているが、日本で使えない状況に「これまで肩身が狭い思いをした」という。

日本では05年に日本法人が設立されてから実用化への動きが本格化。
11病院が参加した治験が06~07年に行われ、昨年、厚生労働省から医療機器の承認を得て今春の保険適用に至った。
費用はキズの大小や入院日数によるが、自己負担が一定額を超える場合にほぼ全額、払い戻しを受けることのできる高額療養費制度も利用できる。

遅れにはいろいろな要因が関係しているが、米国に比べ日本は機器の審査に携わる専門家が少なく、産学連携などが遅れている面は否めない。
 
出典 朝日新聞・朝刊 2010.10.7
版権 朝日新聞社


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