ケガ治療の新常識

擦り傷は乾かさず治す 痛み抑え、早く治り、痕残りにくい

転んで擦りむいたら、消毒薬で傷口を殺菌し、ばんそうこうを貼る──。
一定の年齢以上の人にとっては、ごく常識的な対処だろう。
しかし、今は、しみ出てくる体液を生かし、傷口を湿った状態に保つ「湿潤療法」が、広く知られるようになってきた。
痛みを和らげ、治りが早く、傷痕が残りにくいという。

擦り傷などが治る過程では、必ずかさぶたができるもの。
この“常識”を覆す治療法は「湿潤療法(モイストヒーリング)」と呼ぶ。

しみ出てくる滲出(しんしゅつ)液には、細胞を活性化させながら、傷口を清潔に保つ成分が含まれている。その滲出液を保ち、湿った状態にしておく方が、傷の治りは早い。
これが湿潤療法の考え方だ。

「ガーゼを当てるのは最悪の対処。浸出液は傷を治すカクテル」。
湿潤療法に詳しい塩谷信幸・北里大学名誉教授は話す。

傷口にガーゼを当てると、せっかくの滲出液を吸い取ってしまい、患部が乾いた状態になる。
患者は痛みを感じ、雑菌が繁殖しやすくなるという。

湿潤療法の場合、日常的な生活の中での擦り傷や切り傷なら、10日程度で治る。
また、患部からの滲出液を保持することで、痛みがやわらぐ。かさぶたができないので、傷痕が残りにくい。

欧米では広く認知されている湿潤療法
日本でも、大人に比べ擦り傷などを負うことが多い小中学生とその親や教師などから知られるようになった。
医療現場では、形成外科を中心に活用されているという。


痛むなら病院へ
今では、湿潤療法のための専用のばんそうこうなどが市販されるようになり、一般の家庭でも、軽度の傷ならば、湿潤療法ができるようになってきた。

家庭で湿潤療法を行うためには4つのポイントがある。
(1)傷口の洗浄
(2)止血
(3)保護
(4)観察
──だ。

まず、傷口を清潔に保つ。消毒薬を使う必要はない。
水道の水で、しっかりと砂などの異物も洗い流す。

次に、傷口を清潔な布などで押さえ、水分をふき取り、止血する。

ここまで来たら、あとは湿潤療法用のばんそうこうを傷口に貼るだけだ。
傷口の大きさに合ったばんそうこうを、皮膚にぴったりと貼り、滲出液を逃がさないようにする。

傷口の経過を観察することも大切だ。
湿潤療法は、患部を湿った状態に保ち、治癒を促す方法だ。
このため、滲出液と膿(うみ)を見分けることが大切だ。

滲出液は透明で薄い黄色、さらさらしている。
これに対し、膿は黄色や緑色をしており、どろっと粘性がある。
患部が化膿(かのう)したときは、何よりも、ずきずきとした痛みが続く。
こんな状態のときは、病院へ行った方がいい。

米医薬・日用品大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)の日本法人によると、湿潤療法ばんそうこうを、傷口にぴったりと貼るコツは、ばんそうこうを温めること。
傷口に貼る前、小分けの包装から取り出し、両の手のひらで挟んで1分間ほど温める。
湿潤状態を保護するための素材が軟らかくなり、皮膚になじみやすくなるという。

傷口に貼ったら、その上から、手のひらを当てて、また温める。
こうして、傷口や周辺に確実に貼りつけられる。

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刺し傷は適さず
痛くない、早く治る、傷痕が残りにくい──。
良いことずくめに見える、家庭での湿潤療法だが、適していないケガもある。

例えば刺し傷。
皮膚表面の傷口は小さく見えても、中は深く傷ついていることがある。
出血が止まりにくいことなどが目安となる。
このような傷は、家庭での湿潤療法で治る範囲を超えている。病院に行こう。

また、傷口がやや大きいからと、小さなばんそうこうを重ね合わせて貼ってはいけない。
隙間から滲出液が漏れ、湿潤の状態を保てなくなるだけではなく、雑菌が入り、化膿してしまう可能性もあるからだ。

湿潤療法は、私たちの体に備わった自然治癒力を生かしたケガの治療法」と、塩谷名誉教授は説明する。

◇            ◇

米国の大火で注目
湿潤療法が注目されるようになったのは、1942年の米国ボストンでの火災からだ。
ナイトクラブ「ココナツグローブ」の火災では、負傷者が数百人にのぼり、医薬品の供給が十分でなかったという。

当時、やけど・ケガは、患部の滲出液を乾かす治療法が主流だった。
しかし、包帯やガーゼが不足する中、やむなく病院関係者は、やけどの水疱(すいほう)をやぶれないようにし、患部を湿潤したまま保護する方法をとった。

結果、患部を乾燥させたときよりも、回復は早く、雑菌の感染もほとんどなかった。
このとき治療に当たった中心人物が、ハーバード大学の外科教授、オリバー・コープ博士。
コープ博士は、やけどの患部を乾かす治療方法に常々疑問を抱いており、「湿潤療法」の成果に自信を深めた。

その後、英国の動物学者、ジョージ・ウィンター博士が62年に「傷は滲出液を逃がさないようにした方が早く治る」という論文を発表。湿潤療法が欧米で広く知られるようになったという。

塩谷名誉教授は「日本の湿潤療法の認知と実践は、欧米に比べ10年から20年遅れている」と話す。
(坂田保治)

出典 日経プラスワン 2011.12.3(一部改変)
版権 日経新聞



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