「胃瘻」 終末期は慎重に

食事ができない患者のおなかの表面に穴を開けて胃に栄養剤を送り込む胃瘻(いろう)栄養法が転換期を迎えている。
患者の負担が少ないと急速に普及し年約10万人が新たに導入する一方、終末期の高齢者について「差し控えや撤退も考慮する必要がある」との見解を学会が初めて示したほか、導入前の医師側の説明が不十分という問題点も浮上。
通常食に戻し胃瘻を外す取り組みも本格化してきた。

「ちゃんと胃にチューブが入っていますね」。
東京都にある有料老人ホームを往診したM医師は、認知症でベッドに横たわる80代女性のへそ付近のチューブを交換後、携帯型の内視鏡を入れ、多機能携帯端末に無線転送された画像で胃内部に達したことを確認した。

栄養剤や水分を胃に直接送るチューブは通常のタイプで1カ月半~2カ月、耐久性のあるタイプでも半年に1回は交換する。
交換自体は数分だが、患者を病院まで運ぶ負担が大きい。
入所者4人のチューブを交換したM医師は「往診で対応できれば、胃瘻を導入する高齢者の生活の質はさらに向上する」とみる。

日本で普及させたNPO法人「PEGドクターズネットワーク」理事長で国際医療福祉大学の鈴木裕教授(消化器外科)は「簡単な手術で患者の苦痛を和らげ、家族の負担も軽減でき、自宅にも帰れる画期的治療法」と強調する。

鈴木教授は厚生労働省補助金を受けて同ネットワークに参加する医師らが2005年1月以降に胃瘻を導入した931人の患者を調査。
導入した原因疾患は脳卒中が54.8%で最も多く、次いで認知症が17.5%、神経疾患が12.6%などで、平均年齢は81.4歳。
鈴木教授は「欧米では延命効果が小さいとされるが、日本では栄養状態が改善するなど明らかに寿命が延びている」と指摘する。

ただ胃瘻の安易な導入には疑問の声も上がる。
日本老年医学会は1月下旬、「高齢者の終末期の医療およびケアに関する立場表明」を約10年ぶりに見直した。
認知症でも最善の医療とケアを受ける権利がある」とした上で、胃瘻を含む人工栄養について「患者本人の尊厳を損なったり、苦痛を増大させたりする可能性があるときには差し控えや撤退も選択肢として考慮する必要がある」と、導入の是非を慎重に検討し導入後の中止も選択肢だと初めて示した。


同学会倫理委員長の飯島節・筑波大教授(生涯発達科学)は「いたずらに命を引き延ばすより尊厳のある終末期を迎えたいという考え方が強まっている」と背景を説明。
「患者や家族の意思を十分に確認せずに胃瘻を導入する傾向もある」と警鐘を鳴らす。
<私的コメント>
「生涯発達科学」ってあまり耳にしない「学問」なので、ちょっと調べてみました。
「人間総合科学」という学問と同様に、よく理解出来ませんでした。
http://www.human.tsukuba.ac.jp/lifespan/

認知症の高齢者が暮らすグループホームを運営するある施設が、10年秋に胃瘻を導入した認知症患者の家族33人に聞き取った調査では、食べ物を飲み込めなくなった際に「医師が胃瘻しか選択肢を示さなかった」との回答が18人と半数を超えた。

導入を決断した理由(複数回答)では「長生きしてほしかった」など状態の改善が11人で最多。
だが「導入が入院や転院先の条件だった」(5人)、「導入後も介護施設を利用できる」(3人)など施設でサービスを受け続けるためという答えもあった。

調査した施設は「延命か治療か目的を明らかにした上で医師が選択肢を示さなければ、患者や家族は言うとおりにするしかない」と説明方法の改善を求める。
一方で「食べられなくなった時にどのような終末期を迎えたいのか、本人が判断できるうちに確認しておけば、意思表明できなくなっても家族が決断しやすい」と助言している。

胃瘻導入後も再び口から食事を取れるようになる患者もいる。
特別養護老人ホームなどを運営する法人で構成する全国老人福祉施設協議会(東京・千代田)は昨年7月から胃瘻外しに向けたリハビリのモデル事業を実施。
成果を踏まえ、来年度から施設職員向け講習のプログラムに盛り込む。

モデル事業の委員長で国際医療福祉大学竹内孝仁教授(介護学)によると、11の特養で胃瘻などチューブ(経管)だけで栄養を取っている53人のうち、2カ月半という短期間で1人が通常食のみになった。「経管と通常食を併用」と「経管と流動食の併用」も各2人で、改善があった。

うまく食べ物を飲み込めない高齢者には流動食を与えることが多いが、実は「口から通常食を食べること」が重要。
よくかむことで食べ物を飲み込む準備が整うという。
実際にモデル事業では流動食だけだった140人の4割は、通常食だけに戻せた。

先駆的に取り組んだ特養「しらゆりの園」(沖縄県南城市)は、胃瘻をつけていた入所者9人全員が通常食になったという。
竹内教授は「急性肺炎など疾患の治療過程(疾病経過型)や、単に認知症で食べなくなった高齢者(安全管理型)には不要だったり、導入してもリハビリで外せたりする人は多い」と指摘する。(前村聡)

▼胃瘻栄養法
体表から胃に直接チューブをつないで栄養を送る方法。
米国などで1980年代から普及し、日本では94年ごろから使われ始めた。
当時は腸が機能している患者には鼻から胃の中にチューブを通して栄養剤などを投与する「経鼻栄養法」が主流。
チューブが鼻に入ったままのため患者の苦痛が大きく、内視鏡を併用して局所麻酔で10~15分程度で胃瘻をつくる手術法(PEG、ペグ)が開発されると急速に移行した。
現在は26万~40万人が利用していると推計されている。

出典 日経新聞・夕刊 2012.2.9(一部改変)
版権 日経新聞

<私的コメント>
ある意味「人工呼吸器」の装着と同じ決断が家族にいる、といったら大袈裟でしょうか。
「胃瘻」は、チューブを使用する経鼻経管栄養に比べてはるかに誤嚥性肺炎が少ないという利点があります。
そして「胃瘻」からの脱却も比較的簡単です。
「人工呼吸器」装着でも問題点の「尊厳のある終末期」とはまたちょっと違うのではないでしょうか。