がん新薬で皮膚障害

分子標的薬、治療効果高いほど副作用も

がん細胞をねらって攻撃する新しいタイプの抗がん剤「分子標的薬」。
従来の抗がん剤より副作用が少ないと考えられてきたが、ニキビのような発疹や乾燥、爪の周りが炎症を起こすなどの皮膚障害が出やすいことが分かってきた。
がんの効果的な治療をするためには、副作用のコントロールが課題になっている。


●毛穴も攻撃、発疹に
昨年8月中旬、千葉県柏市の男性(62)は、大腸がんの手術を受けた。
腫瘍は取りきれず、退院後にさらに大きくなった。
今年1月、紹介先の国立がん研究センター東病院で、分子標的薬、セツキシマブの点滴による治療を始めた。

2月に、ほおにニキビのようなぶつぶつができ始めた。
手の指先は乾燥し、爪の周りがはれ、ひび割れた。ぶつぶつや乾燥は首や胸、背中へも広がった。
3月、足の指も炎症を起こし、靴がはけずにサンダル履きの日々が続いた。

炎症を抑える薬ミノサイクリンを飲み、寝る前には軟膏や保湿ローションを手足に塗る。
足の指にテーピングをすると楽になるという。
腫瘍の大きさは半分になった。

「想像以上の痛みですが、治療効果が出ていると聞き、うれしい。なんとか続けたい」と男性は言う。

なぜ、皮膚に異常がでるのか。
分子標的薬は、がん細胞を増やす役割の分子、上皮成長因子受容体(EGFR)を標的にして、がん細胞を攻撃する。
ただ、毛穴などにも、この標的と同じものがあり、皮膚がダメージを受けてしまう。

国立がん研究センター中央病院の山崎直也・皮膚腫瘍科長によると、個人差はあるが、薬を始めて約2週間でニキビのような皮疹が出るという。
3週間~1カ月で乾燥とかゆみ、6週間で爪の周りがはれて肉が盛り上がるなど「爪囲炎(そういえん)」の症状がでることが多い。

一方で、皮膚の副作用がひどいほど、がんの治療効果が高いという報告も出ている。
米国臨床腫瘍学会で発表された研究では、パニツムマブを使って重い皮膚障害が出た大腸がん患者の生存期間の中央の値は27・7カ月で、軽かった患者の2・4倍だったという。

山崎さんは「セルフケアや適切な治療で、皮膚の副作用を軽くし、がんを治すことが目標だ。皮膚障害が出れば、早めに担当医に伝えてほしい」と話す。

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●保湿やステロイド
通常のニキビは、主に毛穴の中のニキビ菌によって炎症が起きる。
薬の副作用では、毛穴に皮脂が詰まり炎症を起こして、ニキビそっくりの状態になる。

副作用による無菌性の皮疹には保湿剤のほか、炎症を抑えるステロイド、細菌感染を防ぐ抗生物質が有効だ。
殺菌効果のあるニキビ向け抗菌薬は、細菌感染を起こした場合に使われる。

国立がん研究センター東病院の吉野孝之消化管内科医長は「保湿剤とステロイドの塗り薬、抗炎症作用のある飲み薬の3種をセットで処方する。それでも眠れないほどかゆいなど、生活に支障が出れば、皮膚科医が診る」と話す。

だが、がん治療医と皮膚科医との連携がうまくいかないことも多い。
川島眞東京女子医大教授(皮膚科)は2011年12月、全国の皮膚科医を対象にしたインターネット調査をした。
勤務医の場合、分子標的薬が原因の皮膚障害のある患者の87%は、がん治療医からの紹介だった。
一方、開業医では68%が患者の自発的な受診で、がん治療医からの紹介は多くなかった。
また分子標的薬による皮膚症状への主な治療薬を聞くと、開業医では、ニキビ治療の第一選択である抗菌薬が最も多く、副作用治療に使うステロイドの塗り薬を上回っていた。

日本皮膚科学会理事でもある川島さんは「通常のニキビと、副作用のニキビに似た皮膚障害では治療法が違うことが十分に伝わっていない。皮膚科医への啓発やがん治療医との連携をもっと進めたい」と話す。

日本皮膚科学会中部支部学術大会は昨年、適切な対処法を広めようと「分子標的薬皮膚障害対策マニュアル」を5千部つくった。
大会長だった水谷仁・三重大教授(皮膚科)は「テーピングの仕方などセルフケアにも役立つので参考にしてほしい」と言う。同学会中部支部学術大会のホームページhttp://www.jdac2011.jp/dl.html
からダウンロードできる。 (東京本社科学医療部記者 辻外記子)

出典 朝日新聞・朝刊 2012.5.8
版権 朝日新聞社

<私的コメント>
治療効果が高い人ほど副作用が重いという分子標的薬。
薬疹がでたら薬は中止、という「常識」が変わりつつあるようです。
しかし、投与量を減らしたらどうなるのだろう、とつい余計なことを考えてしまいます。


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