「物まね神経」

脳の中にある「物まね神経」のすごい働き

実は脳の中に「物まね」をさせる神経があるのです。
この神経が、近年、大発見として注目されています。
え、物まねのどこがすごいのかって? 
実はそこに、人間の心のしくみを読み解くカギがありました。

今回の主役は、「ミラーニューロン」という神経細胞だ。
1990年代初頭にサルの脳内で見つかり、「DNAの発見に匹敵する」といわれるほど、脳科学や心理学に大きなインパクトを与えた。

ミラーニューロンには面白い性質がある。
目で見た人の動きを、体が勝手にまね(模倣)するように働いているのだ。

こんな経験はないだろうか? 
スポーツ観戦中、躍動する選手の動きに合わせて思わず自分も動いている気分になったとか、ドラマに見入っていてふと気が付くと、主人公とそっくりのポーズをしていたとか。
そんな“なりきり状態”を作り出すのが、ミラーニューロンの働き。

なるほど。
でもそれがどうして「DNAに匹敵」するほどすごい発見なのだろう?

■動きをまねすることで動きの意味を理解する
近畿大学医学部第一生理准教授で国内のミラーニューロン研究の第一人者である村田哲さんによると、発見は全く偶然だったという。
「イタリアの研究者が、サルの脳の運動前野という場所に電極を刺して実験していました。ここには手や指を動かす神経があるのですが、あるとき、サルが全く手を動かしていないのに、一部の神経が活動したのです」(村田さん)。

実はこの神経、研究者が手で何かをつかむ姿を、サルが見たときに活動していた。
手を動かす神経なのに、他者の手の動きを見るだけで反応したのだ。
これがミラーニューロンだった。
細かく調べると、動きの種類によって、違う神経が働いていた。
「指先でつまむ動き」を見たときは、つまむ命令を出す神経が反応し、「手を握る動き」を見たときには、握る命令を出す神経が反応する。
人間の脳でも、MRIなどを使って、同様の活動が確認されている。

「目で見た動作を、自分の脳の中で再現しているのですよ」と村田さんは説明する。
無意識のうちに“自分も同じように動け”という命令が出ているのだ。
「そうやって、行為の意味を理解していると考えられます」(村田さん)。

「意味を理解する」とはどういうことか? 
例えばこんな研究がある。
被験者に「笑い」「怒り」などの表情の絵を見せる実験なのだが、口に鉛筆をくわえさせると、なぜか微妙な表情の差がわかりにくくなるという。
顔の筋肉を制限されると、表情が読み取りにくいのだ。

つまり私たちは、笑顔を見ると、自分も無意識にほほえもうとする。
そして、自分の顔がほほえもうとする感覚を通じて、「この人、楽しいんだ」と理解する。
人間はこんなふうに、相手の動きを自分に重ね合わせることで、相手の心を読んでいるらしい。

ミラーニューロンの働きは、この「無意識のまね」現象を見事に説明する。
だからこの神経が見つかったとき、「人の心を読む脳機能を発見!」と注目されたのだ。
なるほど、それで「DNAに匹敵」なのか。

もっとも、現時点で見つかっているミラーニューロンは、手の動きに反応するものが中心。
「表情を読むなどの感情的な共感では、別のタイプのミラーニューロンが働くという説がありますが、まだ未解明。でも、様々な人間関係のやりとりが、身体感覚をベースに成り立っているのは間違いないでしょう」。


■犬がほえる姿を見てもミラーニューロンは無反応
ミラーニューロンの起源は「自分を自分と感じるシステム」だったと村田さんは考えている。
「自分の手を動かすとき、脳内の運動命令と、目で見た手の動き が一致すると、“これは自分の体だ”という一体感が生まれます」(村田さん)。
このシステムが、あるとき他者の動きを見たときにも働き始め、無意識に動きを一致させる性質が生じたようだ。

「だから、同じような体の形の相手じゃないと、ミラーニューロンは稼働しないのですよ」。

例えば人間のミラーニューロンは、犬がエサを食べる姿には反応するが、ほえる姿には反応しないそうだ。
食べる姿は我が事として感じられるが、ほえる姿は自分と重ねにくいらしい。

「もし宇宙人がいて、彼らの体が人間と全く違う形をしていたら、コミュニケーションはかなり難しいでしょうね」(村田さん)。 (北村昌陽)

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出典 日経新聞・Web刊 2012.5.10
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