既存薬、別の効果で「新薬」

高脂血症用・脳梗塞用… 既存薬、別の効果で「新薬」 短期・低予算で開発目指す

既存の薬が別の病気にも効くという研究成果が相次いでいる。
高脂血症薬が脳卒中の再発を防いだり、血栓を防ぐ薬が認知症予備軍とされる軽度認知障害の進行予防に役立ったりする例がわかってきた。
副作用のリスクや製法が知られている既存薬であれば、一から作るよりも時間とコストを大幅に節約できる。
大型新薬や希少疾患薬の新たな開発戦略になるとの期待が膨らむ。

広島大学の研究チームは高脂血症薬「スタチン」に注目し、全国123施設の協力を得て脳卒中の再発予防効果を調べる医師主導の大規模臨床試験(治験)に取り組んだ。

虚血性脳卒中の発症後1カ月~3年の45~80歳で脂質異常症の1578人を、高脂血症薬を投与したグループとしないグループに分け、各患者を2002年から5年間追跡した。
 
投与したグループで脳卒中を再発した人の割合は年間0.21%と、投与しないグループの0.65%を下回った。
脳卒中のうち主に脳の動脈硬化が原因の脳梗塞を防いだ。
脳出血も増えず、投薬の安全性も確認できた。
スタチンは動脈硬化の進行を抑えるとの研究があった。
この作用によって血管にできた脂質の塊が壊れにくくなり、脳梗塞の抑制につながったようだ。
 
広く使われる高脂血症薬が脳卒中の再発予防に役立つと分かったのは、大きなインパクトがある。

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同センターは全国14施設と、脳梗塞の再発予防薬として使う抗血小板薬の可能性も探っている。
軽度認知障害の進行を予防できるかを調べる医師主導治験を昨年5月から実施中だ。
 
軽度認知障害は国内に400万人いるとされる。
認知症の発症や進行にも血管が関わる。
人は血管とともに老いる、ともされる。
そこで注目したのが、血管の内皮細胞を守る作用がある抗血小板薬「シロスタゾール」だ。
 
マウスの実験では、認知症の原因物質とされる「アミロイドベータ」が脳にたまるのを減らせた。
治験では軽度認知障害の200人を2グループに分け、一方が1日2回、96週間飲む。
 
薬の新たな効能を探す取り組みは「ドラッグリポジショニング」と呼ばれ、研究例はほかにもある。
 
岡山大学の研究グループは、2型糖尿病の飲み薬を肺がんや膵臓がん患者に投与する医師主導の治験を16年中にも始める。
きっかけは、この薬を飲む糖尿病患者はがんになりにくいという医療現場での指摘だった。

肺がん患者など約30人から採った白血球を糖尿病薬とともに培養すると、がんを攻撃する能力が高い免疫細胞が1割以上増えた。
疲弊した免疫細胞が糖尿病薬の作用でエネルギーを取り戻し、がんを攻撃する能力が回復したと考えている。

京都大学の細胞実験では、エイズ治療薬の1つが血液がんの成人T細胞白血病(ATL)細胞を減らした。ATLは抗がん剤が効きにくい。
 
京都大学iPS細胞研究所も、低身長になる難病に高脂血症薬が効く可能性があることを突き止めた。
軟骨が十分にできず骨がうまく作れない「軟骨無形成症」と「タナトフォリック骨異形成症」という難病が対象だ。

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患者の皮膚から様々な細胞に育つiPS細胞を作り、軟骨細胞になるか調べた。
軟骨細胞に育たなかったとき、高脂血症薬を与えると軟骨細胞になった。
薬が(骨の形成を妨げる)遺伝子の過剰な働きを弱めた」と考えられる。
 
薬を最初から作る場合、優れた新薬が見つかる確率は3万分の1とされる。
安全性の確認などが大きな壁となっている。
既存薬は製法や人体での働き、安全性を検証する手続きを終えており、一部の作業を省略できるとみられている。
 
研究が盛り上がる背景には、患者のデータから治療のヒントを探す試みが実を結んできたことがある。
 
バイオ研究の進展で、病気の原因たんぱく質を含む様々な生体物質の働きを詳しく分析できるようになった。
遺伝情報を低コストで高速に読み取る機器なども進歩しており、病気の発症の仕組みが明らかになりつつある。
 
複数の病気にかかわる生体反応の経路が見つかったり、ある副作用が別の病気を抑える現象が分かったりして、既に知られた薬が幾つもの病気に効く可能性が浮かび上がってきた。
新薬開発に結びつける好機にできるかどうかが試される。

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製薬各社が「転用」研究 希少疾患の治療にも光
既存薬を別の病気の治療に生かす「ドラッグリポジショニング」は、患者が少ない希少疾患の治療薬を待ち望む人には光明となりそうだ。

希少疾患薬は多くの患者がいる薬に比べて開発費が回収しにくく、製薬企業が多額の投資をためらいがちだ。
開発されたとしても、採算を考えると薬の価格が高額になりかねない。
 
既にある薬をもとに開発費を抑えられる特長を生かせば、これまでほとんど薬がなかった難病患者などに短期間で安価な薬を届けられるかもしれない。
開発が行き詰まった新薬候補物質が希少疾患薬としてよみがえる可能性もある。
 
既存薬を使う利点の一つが、安全性の確認などを省略できる点だ。
深刻な副作用の有無や合成方法も分かっている。
新薬の開発には15年程度かかるが、安全性の確認などを省けば数年に縮み、10億ドル程度の開発費が数億ドルになるとされる。
 
アステラス製薬は2015年、既存薬や開発途中の化合物を新しい用途に転用する専門部署を設けた。
武田薬品工業も12年、研究中止になった化合物などを見直す専門部署を設置した。
 
一方で薬として承認されるまでには課題も残る。
徳島大学チームは手足のしびれの改善などに使う既存薬が難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)に効くとする研究成果をまとめた。
エーザイが2015年5月、新薬として申請したが、今年3月に申請を取り下げた。

エーザイによると「(承認審査にかかわる)医薬品医療機器総合機構との面談で、追加試験が必要とされた」という。
追加試験の有無を含め検討中だ。

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出典
日経新聞・朝刊 2016.5.22