「拡大治験」

「拡大治験」まだ少数 制度開始1年

命にかかわる重い病気の患者に、承認されていない薬を人道的に使えるようにした「拡大治験」という制度が始まって1年。
患者の安全確保などのために厳格な手続きが必要で、対象になった薬は今のところ少数だ。

安全確保に厳格規制
進行した非小細胞肺がんで抗がん剤治療を受けていた某県の女性(65)は昨年10月、胸に水がたまり、息苦しくなった。
治療の効果が上がらなくなり、同県がんセンターの主治医から、別の病院で行われている治験に参加してみないかと勧められた。
 
この治験は、承認申請のための治験に参加できなかった患者を対象にした拡大治験だった。
データを集めるのが目的の治験は、年齢や病状など参加基準が厳しく、参加できなかった患者は薬が承認されるまで待たねばならないため、命にかかわる病気の患者に限って承認前でも使用を可能にした制度。
厚生労働省が昨年1月25日に導入した。
 
女性は「ROS1」という遺伝子に変異があった。
非小細胞肺がん患者の約1%にみられる。
この遺伝子変異のある患者を対象にした抗がん剤「ザーコリ」の治験はすでに終わっており、この薬の拡大治験をしているがん研有明病院(東京)を11月に受診した。
 
拡大治験への参加に同意し、約3週間入院。
ザーコリを1日2回飲んだ。
ザーコリの費用と拡大治験に伴う検査費については、女性の負担はなかった。
いまも自宅でザーコリを飲んでいる。
胸に水がたまることはなくなり、呼吸も楽な状態が続いているという。
 
拡大治験は、国内での最終段階の治験が終わっているか、治験中でもすでに参加者選びが完了している薬が対象となる。
原則、治験に取り組んだ病院で実施される。
重い病気の患者に治療の機会を提供することが狙いのため、治験の基準を完全に満たさなくても、安全性が確保できると判断される場合には参加できる。 
ただ、実施するかどうかは製薬会社にゆだねられている。
患者が希望しても、病状などによっては参加できないことがある。
費用は、治験ならば製薬会社が全額負担するが、拡大治験では患者が薬代の全額または一部の負担を求められることもある。
 
拡大治験のデータは、治験のデータとは別に扱い、主に安全性の評価に使われる。
医薬品医療機器総合機構によると、これまで拡大治験の届け出があった薬はザーコリを含め6種類。

「柔軟な対応 検討を」
拡大治験は、あくまでも治験の枠内の制度のため、実施する製薬会社や医療機関の負担は軽くない。
 
製薬会社は治験と同じように実施計画書をつくって実施施設を選び、各病院の倫理審査委員会の承認を得てから病院と契約を結ぶ。
副作用情報の国への報告も義務づけられる。
 
ザーコリの場合、手続きを終えて患者の受け入れができるようになったのは昨年8月。
別の遺伝子変異がある非小細胞肺がんですでに日本でも市販されているのに、拡大治験の要望を受けてから7カ月かかった。
 
命にかかわる病気の患者が少しでも早く薬剤にアクセスできるよう、治験の枠組みを超えた検討が必要だ。
 
医療機関側も柔軟な対応を求めている。
人手や労力は通常の治験とさほど変わりない。
医療現場では拡大治験が増えれば、通常の治験の引き受けを減らさざるをえなくなるかもしれないと心配する声もある。
すでに国内で使われている薬の効能追加の場合には、もっと緩やかな条件にしてもよいのではないだろうか。
 
拡大治験は患者の安全確保などによく配慮した制度と言えるが、厳格な治験の規制が適用されるために治療目的での未承認薬へのアクセスが阻害される可能性もある。
将来的には、治験とは別の仕組みとして薬事法制の中に位置づけることが必要だ。

 
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参考
朝日新聞・朝刊 2017.1.18