認知症新薬 「空白時代」

認知症新薬 「空白時代」に 実用化難航

患者が増加の一途をたどる認知症
エーザイなど5陣営は病気の悪化を抑える新薬の開発を進めるが、病気のメカニズムが難しく実用化は至難の業だ。
実用化は早くて2020年代だが、臨床試験の成功率は1%に満たず、患者数が増加し続けている。
製薬各社は早期の患者に狙いを定めて「空白時代」解消を急ぐ。
 
「治療薬を何百万人もの人々が待っている。残念な結果だ」。
米製薬大手イーライ・リリーの声明に製薬業界が衝撃を受けた。
最も開発が進んでいると評された認知症の新薬候補について、昨年末に開発中止を発表したからだ落胆は投資家にも波及し、発表翌日に株価は10%強下落した。

業界団体の推計では世界の認知症患者数は25年に6千万人強に達する見込み。
厚生労働省は国内の認知症患者が25年に700万人と試算する。
対応する医療や介護の費用は現在15兆円超。
60年には25兆円に迫るとの指摘もある。
高齢化が進む国に共通する社会問題だ。
 
「闇の中に光明が見えた」。
1997年、エーザイ認知症薬「アリセプト」の発売時、日本の著名な医師はこう表現した。
それから20年。
新薬開発の成功率は1%未満で、販売にこぎつけた治療薬はアリセプトを含め4つしかない。
 
その4つも病気を治す効果はなく症状を1年程度和らげるだけだ。
90年代には「10年たてば治療薬ができる」と期待されたが、脳細胞が徐々に死滅していく認知症はがんをもしのぐ強敵だった。
 
アルツハイマー認知症の場合、脳内に原因たんぱく質が大量に蓄積すると発症するとされ、発症の20年も前から異常な速さで蓄積することが分かってきた。
従来の臨床試験では薬を投与しても手遅れである重度の患者や、他の原因で発症した患者も対象に含めていた可能性があるという。
 
薬の投与効果を適切に見極める手法の確立だけで、10年単位の時間と莫大なコストを要したことになる。
患者の増加ペースに比べ開発は遅々として進まなかった。

現在、この難題に取り組むのは、米大手ヤンセンファーマに開発権を与えた塩野義製薬、米メルクなど世界5陣営。
原因たんぱく質を減らす手法で、20年以降の実用化を目指す。
 
エーザイは3月から国内で新薬候補「E2609」で開発の最終段階となる大規模な臨床試験を受ける患者の募集を始めた。中外製薬は3月から、提携先のスイス・ロシュが実施する新薬の国内臨床試験を始めた。
イーライ・リリーも別の候補物質を開発中だ。
 
発症を5年遅らせると50年までに世界の患者は約4割減り、医療費も年3000億ドル(約33兆円)超を削減できるとの試算もある新薬が登場すれば、患者だけでなく医療費負担の増大に苦しむ国家財政も改善できる。


早期発見へ画像技術もカギ 富士フィルムや日立
次の新薬の登場まで、増え続ける患者をどうケアするか。
なるべく初期段階で発見し、対症療法や介護などで家族や社会の負担を軽減することが現実的な対策だ。
 
現在の診断は問診や脳の画像、血液検査など5項目を総合的に見る。
時聞かかかり、初期の患者では医師の力量によって診断が揺れることもある。
わずかな異常を短時間で確実に判定する手法が求められている。
 
富士フィルムは昨年にアルツハイマー認知症の原因たんぱく質を測定する診断薬で初の製造販売承認を得た。
薬を投与した患者の脳を特殊なカメラで撮ると、脳に蓄積したたんぱく質を撮影できる。将来は新薬が効く患者を見分ける手段になると期待する。
 
日立製作所北海道大学MRIを使い、脳内に表れる複数の兆候を同時に映す手法を開発中だ。
撮影時間の半減や精度の向上につながるとみる。
20年代の製品化を目指す。
 
医療財源には限りがある。
新薬は原因物質がたまった早期の患者にしか効かず、投与できる患者を見極める技術が必須だ。
新薬の開発だけでなく、現実的な解決の割り出しも重要になっている。

参考・引用
日経新聞・朝刊 2017.6.19