臓器移植法 施行から20年

「命のリレー」進まず 臓器移植法施行から20年 脳死への対応・理解が壁に

脳死からの臓器提供を認める臓器移植法が施行してから10月で20年を迎える。
重い心臓病などに苦しむ患者を救う治療として始まったものの、心臓や肝臓などの提供を待つ患者の期待には十分に応えきれていない。
脳死患者からの提供が増えないことが理由で、専門家からは終末期医療のあり方も含めて対応を検討してほしいとの声もある。

7月19日、大阪府吹田市にある国立循環器病研究センターは心臓移植の実施件数が100件に達したと発表した。
国内の医療機関で最も多い。
会見で同センター病院長は「これで(脳死移植の)問題が解決したわけではなく、課題はたくさん残っている」と話した。
 
脳死移植は脳の働きが失われて回復が不可能になった患者から、心臓や肺、肝臓などを取り出して病気に苦しむ患者の臓器と入れ替える。
命が失われた人から新たな命を救う「命のリレー」とも呼ばれる。
その半面、「脳死」という人の死を前提にした医療のため慎重な意見も根強い。
 
国内で初めて脳死移植が実施されたのは1968年。
いわゆる「和田移植」だ。
移植を受けた患者の容体は当初順調だったが、手術から83日目に心臓の鼓動が止まる。
すると脳死判定や解剖結果などの疑問が噴出。
脳死移植の「密室性」というイメージが残った。
この和田移植が残した重い扉をこじ開けたのが97年10月16日に施行した臓器移植法だ。

心臓待つ患者600人
法施行当初は生前に提供の意思を示した脳死患者に限ったため、心臓移植は年10件程度だった。
2010年に患者本人の意思が不明でも家族が同意すれば提供できるよう同法を改正。
昨年は51件に増えた。
それでも心臓移植を待つ患者は約600人。
10年間待っても移植を受けられない。
特に小児移植は慢性的な不足で海外へ渡航して移植を待つ患者が少なくない。

こうした脳死移植の低迷から進むのが、再生医療や補助人工心臓だ。
「心臓移植が十分な普遍性を持った医療になっていないなか、再生医療で重症化を防げる」。
7月21日にiPS細胞による心不全の臨床研究に乗り出すと発表した大阪大学教授の澤芳樹さんはこう話した。
京大iPS細胞研究所からiPS細胞の提供を受け、心筋細胞を作り患者の心臓に加える。
症状が進行し心臓移植が必要になるような重心不全を避ける。
 
補助人工心臓も11年に一部の機器が保険適用になり利用者が急増する。
ただ再生医療人工心臓も移植を完全に置き換えられるわけではない。
 
脳死からの提供者がなぜ増えないのか。
理由の一つとされるのが脳死患者を最後にみとる救急病院の体制だ。
厚生労働省の調査によると、全国862の救急病院のうち体制が整っているのは5割。
脳死に詳しい医師の不足などが理由だ。
患者が提供する意思があっても体制が不十分な病院に搬送されれば患者の善意が生かされない。
 
移植医らが注目するのが、韓国が導入する通報制度だ。
病院で脳死患者が出た場合、臓器移植を手掛ける専門組織に必ず連絡する仕組み。
日本のように患者の家族が同意した場合だけ連絡する仕組みに比べ、臓器提供につながる機会が増えると期待される。
 
国内で脳死を経て亡くなる人は年間約1万人。
全死者数の約1%で毎日20~30人が脳死になるとされる。
もし家族に提供の意思があるか確認できれば、約3割が同意して3000人が臓器提供するとの試算もある。

終末期医療検討を
こうした仕組みを日本にも導入するには脳死に対する社会的な理解が欠かせないが、循環器病センター移植医療部長の福嶌教偉さんは「終末期医療のあり方も含めて検討してもらいたい」と語る。
 
日本では患者自らが死のあり方を選択するのは難しい。
脳死判定を受けなければ心臓が止まるまで延命治療が続く。
最近は尊厳死の考えから積極的な延命治療をしない例も増えたが、脳死を受け入れなければ患者や家族にとって利益が少ない治療が続くこともある。
日本救急医学会も「臓器提供の有無にかかわらず脳死を正確に診断して家族らに伝えるべきだ」と提言している。
 
日本では自らの死について語るのは家族内でもタブー視される。
日本人特有の死生観も絡み、脳死移植の問題を解きほぐすのは一筋縄ではいかない。
それでも最近は効果の乏しい延命治療を続けて多額の医療費を負担する問題も指摘される。
日本人も終末期医療と真剣に向き合うときかもしれない。

脳死
心臓はまだ動いていても、脳の働きが失われて生命の維持ができなくなった状態。
呼吸の停止や瞳孔の散大、脳波の検査などから医師が判定する。
脳死の段階で延命治療をやめれば心臓や肝臓などの臓器を移植できるようになる。
 
臓器移植法では、臓器提供する場合には脳死の段階で死亡だが、一般的な死亡の診断は心臓の停止などから判断する。
臓器を提供する意思がないなら脳死後も延命治療を続け心臓が停止した段階で死亡となる。
こうした「2つの死」があるのは日本だけとされている。

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参考・引用
日経新聞・朝刊 29017.8.18